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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
12話.極軌道の寡戦
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昨日の友は今日の強敵

 右舷方向にいたA・リンカーンは、トパーズの進路前方に移動し、横向きになって慣性航行している。トパーズのクルーが見ていたかぎり、そこを目指して意識的に動いたとは思えない。傾いた艦体を叱咤し、足を引きずってのたうち回ったあげく、結果的にバランスが取れた場所にいる、という印象だ。

 いまでも左舷前方から液体酸素らしきガスを吹き続け、カウンターを当てるためか右舷後方のスラスターを点けっぱなしにしている。

 もっとも、あれだけの高速デブリ群を受け止めたのだから、浮いている方が不思議なくらいで、逆に頑丈っぷりを示したともいえる。


 一方のトパーズは、コクピットの全周ディスプレイが一部欠損しているものの、航行に支障はない。

 それより沈没寸前なのは人間の方だ。人員豊富な軍艦と違って少人数のうえ、連戦で長時間の緊張を強いられてきた。常にだらしないカイナガはともかく、カガの顔色も精彩がない。

 とくに深刻なのはモモカだ。病院を抜け出して以来1週間、専属スタッフによる医療ケアを受けていない。リトルジャーニー作戦のときは、ISS-8に着くまで3日ほどだった。それでもガーフィールド博士が診察で激怒するほど消耗していて、丸一日は動けなかったのだ。

 そのうえ今回は、途中で危険なレベルの脱水症も起こしている。いくら強気に振るまっても、消耗は隠せない。珍しく、天井を仰いでのびていた。


 いまや、この船でお気楽ムードなのは、乗客気分で乗り込んだCA職のイクミとミサキだけだ。修羅場を見ていないからか、船慣れしているからか、単に仕事柄か、船体の動揺が落ち着くや否や、笑いながら客席から降りてきた。ユーティリティ側の壁にくっついて、今もコクピットに居座っている。


「ほんと合衆国さまさまって感じだよね」

「月で助けてもらったし、今日も守ってくれたもんねえ」

「じゃあさ、なんでラブコールを無視してくれちゃうわけ」

「経験不足ねえ、イクミちゃんは」わかってる風の顔で偉そうに解説する。「向こうにしてみれば、数ある女と同じように優しくしただけなのよ。それなのに、自分オンリーの好意と勘違いして、1日何十通もメール送りつけてくる女なんて、無視して当然でしょう?」

「なるほど、実体験は参考になるな」

「バ……バカ! 違うわよ!」


 この船は全員独身だから、恋愛を語っても説得力がないが、ラブコール──再三にわたり、A・リンカーンに対して救助可能な旨を打診した。なにしろイクミとミサキは恩義を受けた張本人だ。客船機能は保持しているから、少なくとも定員通りの10人は乗せられるし、ISS-11とのピストン輸送など造作もない。

 ところが、返信がないどころか、通信がつながっているかさえ確かではなかった。自艦の制御で忙しいのか、ミサキが言うように無視されたのか。

 こういうときアイがいれば、通信士官の技術と経験、さらにコネを活かして、少しは状況を把握できたかもしれないが、いま通信席に座っているのはモモカだ。一通りの操作くらいはできるが専門家には程遠い。いまのところ、遠くから望遠カメラで見守るしかない状況だ。


「また、なにか始めやがったな」


 背もたれに身体をあずけたまま、カイナガがつぶやいた。

 A・リンカーンの四隅が発光している。素人目には舷灯か電飾に見えるが、船乗りならスラスターの噴射だとわかる。クレーン車がアウトリガーを出すように、艦体の動揺を抑えたいときに行われる操艦で、とくに珍しくはない。拡大ディスプレイでも見えるくらいだから、全力運転だろうと想像できた。


「あら、なんだかキレイねぇ」


 ミサキがディスプレイに近寄る。肩越しにイクミも覗き込んだ。


「櫓の太鼓も回ったじゃん。なんか夏祭りみたいだな」

「タイコ?」

「ほら見てみ。丸いし太ってるし、叩くところがこっちに向くよ」

「──そりゃ太鼓じゃねぇ!」


 カイナガが異変を察知して飛び起きた。カガの目にも緊張感が戻っている。

 太鼓ではなくバーボン樽、その砲口がトパーズに向きつつある。合衆国軍が砲を向ける意味を知らない二人ではない。


「イクミさん、ミサキさん、いそいで客席へ戻ってください!」

「え、なによ。そんな怖い顔しちゃって」

「ミサキさんが好きな映画なら『第一種戦闘態勢!』とか叫ぶところです!」

「なるほど! それは大変!」

「あらあら、じゃあ後は任せるわねぇ」


 にこやかに客席へ上がっていく。深刻さが伝わっていないのか、それとも気丈に振る舞っているだけなのか。

 二人を見送ると、カガは左手を固く握りしめてディスプレイを見つめた。


 対峙する2艦の距離は三万メートルあまり。追い越していったA・リンカーンは、余勢で少しずつ離れつつある。それでもブレーキをかけようとせず、スラスターはアウトリガー代わりに使うのみ。その意図を読むなら、少しのあいだ固定砲台になれば十分、射程圏内にいるうち片が付くと考えているに違いない。

 要するに短期決戦狙いだ。


 ゆっくりと回っていた砲口が、トパーズを指向して、止まった。

 モモカが不安げな声を出す。


「え……なにあれ。本気じゃないよね?」

「やつら、大艦巨砲主義とはな!」


 突きつけられた緊張を解こうとするカイナガの軽口には、悔し紛れのニュアンスが混じる。カガが気の利いた言葉を継ごうとするが、戦闘態勢に入った合衆国軍が間をおくはずもない。広域発信で一方的に要求してきた。


《トパーズへ告ぐ。ただちに停船せよ》


 双方向通信(・・)ではない。事務的とも感じる口調で、広域発信(・・)してきた。人質を取り損ねた間抜けな立てこもり犯には、交渉余地がある電話ではなく、ハンドマイクで一方的に呼びかける。それと同じだ。通信系に問題があるのか、わざとやっているのか、カガたちに知る術はない。いずれにしろ、話を聞くつもりはないという意思表示と捉えた。

 それでも、日本の警察なら「君たちは完全に包囲されている」と告げ、発砲すると脅しても威嚇射撃がせいぜいだ。

 合衆国は違う。かつて日本でも、侍が刀を抜けば同じ意図を示せたが、銃口を向けた時点で攻撃意思の表明だ。そのうえで「動くな(フリーズ!)」と命令し、指一本動かしただけで驚くほど簡単に射殺する。

 公的暴力をかざす相手には、内心不服でも降伏を示すしかない、のだが──。


「カガ船長! 停船って、この場合どうすんだよ!」

「まさか、軌道速度を捨てろってことでしょうか……ね」

「墜ちちまうじゃねぇか! 殺されるか、自分で死ぬか、自由に選べってか!」


 自由の国では、運命の選択が、個人に委ねられている。


「ねえねえ! あれなに!」


 モモカが指差した先、全周ディスプレイの前方側に、緑の光点がある。


「おい、射撃管制レーザー……だろ、これ!」


 カメラを通してディスプレイに投影しているため目視できたが、攻撃レーザーと別にある、遠距離射撃用のポインターだ。カイナガには空軍機F-6の搭乗経験がある。もし、これを合衆国の艦艇や航空機に照射したら、躊躇なく撃ち返してくる。そういうルールだ。知ったうえで自ら照射したからには──


「ちっくしょう! まったく猶予なし、容赦なしかよ!」


 スラスターを点火し回避を試みるが、光点の位置は船首中央に追随してくる。普通の宇宙船なら最も装甲が厚い場所だ。好意的に考えれば、だからこそ威嚇で済むとわざわざ選んだのかもしれない。

 しかしトパーズは、たくみシステムを載せる替わりに、正面装甲と無圧貨物室を放棄した。つまり船首はガラ空きの弱点だ。高い攻撃力を優先して防御を捨てる、日本兵器の悪いクセは直らない。


「撃たれちゃう! 撃たれちゃうよ!」


 カガは、通信席を離れたモモカに、激しく揺さぶられた。

(こうなったのも、たくみの搭載位置が悪いせいで──ん? たくみ?)

 揺れる頭に、ある考えが浮かんだ。


「トパーズ! たくみシステム緊急起動!」

「了解しまシタ。高速ブート開始しマス」


 ヒュィィィイイ!


「いや船長、距離3万だぞ! 水鉄砲は届かねぇ!」

「噴射、開始!」

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