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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
12話.極軌道の寡戦
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横やり

 ロバート・キクチ大佐も、苦渋の無言だ。祖父の生まれた国、日本が持つ特異性を考えている。


 表面的には、穏やかで親切な国民ばかりだ。

 だが、多くの場合は作り笑顔で、決して本心ではない。いったん仮面が外れたら、次の瞬間には、もう殴りかかっている。

 中間がないのだ。

 共存を図り、利益を交渉し、叶わねば正々堂々決闘するという手順を踏まない。勝手に忍耐し、いきなり激怒し、そして卑怯な奇襲をかける。

 トパーズ──なぜ無言のまま撃ったのだ。なぜ先に交渉姿勢を見せない。やむを得ないなら、ブッシュの時と同じく攻撃前に軍艦を名乗れば良かったのだ。


「考えてることが顔に出てますけど、先に撃ったのはパイフーですよ?」


 わかっている。

 しかし、民間船が暴力による私刑を行えば、無法な暴徒とみなされる。仮に、それが同情すべき復讐であっても。今は、敵討ちを理由に殺人が許された、中世ではない。

 だからこそ、ミラージュの一方的な攻撃に耐えたのだと思っていた。それでも、傷を負いながらも、月面から蘇った不屈の船。そう信じていたのに、本心は違っていたのか。また、私は日本に裏切られたのか──。


「これより、本艦は──武装民間船トパーズを、パイレーツと認識する」

「私は正当防衛だと思いますけど?」

「ハンドガンを構えた男に、16インチ砲を撃つのは正当防衛ではない」

「40.6センチ艦載砲」


 わざわざメートル法に直した、副長の言葉を無視して、進路を指示する。


「トパーズの右側方、距離二万につける」

「単位は、どっちです?」

「──メートル、だ」

「アイ・アイ・サー」


 本国ではあるまいし。キクチ大佐は片眉を上げた。

 インチを修正し、ヤードかと皮肉を言ったのは、彼女なりに不服を表明したのだ。だが合衆国は、自国のスタンダードを世界に押し付けているわけではない。


「バーボン樽、スタン・バイ。ポートサイド90度を指向。同航戦用意」


 LC-12M・艦載レーザー砲のことだ。外見が巨大なバーボン樽そのものだから、政府主催の晩餐会でさえ、制式名称で呼ばれることはない。

 なお、バーボン樽として巨大なのではなく、対艦レーザーとして巨大だ。いちおう艦載砲ではあるが、大型SUVのA・リンカーンでも載せるのが精一杯というサイズ。今回の出港に際しては、他の機器を撤去したうえ、なんとか凹字架台の中央に収めている。

 そのうえ、取り回しも最悪だ。船首艦橋のある前方はもちろん、推進部がある後方にも撃てず、舷側に向けてから使うしかない。また、1発撃つごとに、バレルを回す必要がある。あまりの高温に冷却系がいかれてしまうからだ。リボルバー形式で計6発。それが全て──。

 そして、こういった数々の犠牲を払った代償として、攻撃力だけは高い。軌道レーザーや固定砲台は別として、艦載砲としては最強クラス。とにかくパワーは正義だ。


「攻撃前に降伏交渉はなさらないので?」


 トパーズが通信なしに攻撃したことを、キクチ大佐は口に出していない。まるで本当に心が読めるようだ。


「もちろん行う。ただし先に攻撃ポジションを確保してからだ」

「銃を突きつけてから、ですか」

「副長、口が過ぎるぞ。少し控えたまえ」

「アイ! アイ! サー!」


 艦体はゆっくりと遷移して並進位置をとり、バーボン樽の砲口がトパーズを指向して固定された。

 口を尖らせた副長が差し出す通信マイクを、キクチ大佐が受け取る。

 まさに呼びかけようとしたとき──。


「スターボード前方に高速デブリ群!」

「詳細を報告せよ」

「直交する軌道──毎秒8km近く出てます。衝突コース、回避困難!」


 A・リンカーンとトパーズが、ほぼ並んで飛んでいるのは、地球を縦に回る極軌道だ。それに対して、報告されたデブリ群は、地球を横に──自転と逆向きで回ってきた。二次元的に見れば、北へ上っていく両船に、東から来たデブリが当たる構図だ。

 そして、この厄介なデブリ群──人工デブリを放ったのは、連邦ノヴォコサキスク艦隊の赤ひげたちだ。もちろん、狙う相手はトパーズだったが、A・リンカーンも復讐に巻き込まれた。

 連邦が付けた作戦名は「闇からの投石」

 3隻のパイレーツ船は形状こそ不揃いだが、ともに十分なステルス性能がある。それを活かして近付き、衝突直前まで発見しにくい細片デブリをバラまき、ヒット・アンド・アウェイ戦法で逃げる。作戦名そのままだ。

 子どものいたずらのようだが、やられた方はたまったものではない。

 ブレーキの効かないアイスバーンを走行中、目の前で投石されたのと同じだ。止まることもできず、慣性の法則に沿って突っ込むしかない──もっとも、それぞれ速度の桁が2つ違うが。


 危機に際し、キクチ大佐は副長と、ほんの一瞬だけ視線を交わした。うなずきあったあと、ブリッジを駆ける。副長が注意喚起のベルを鳴らした。


 チン、チン、チン!


「スターボード90度! 直交方向に艦首を向け、衝突面を最小にしろ!」

「バーボン樽収納して! 天蓋は間に合わないから放置で構わないよ!」

「手の空いた兵員から、後方へ下がれ!」

「正面装甲、カンガルーバーの展開を急いで!」


 見事なまでに、お互いが重ならないよう指示を出していく。お互いの心が読める超能力なんてないのに──!


「総員、防御姿勢をとれ!」

「はい、おつかれ! 君たちも下がっていいよ!」

「副長もだ! 後方に下がりたまえ!」


 言われた副長はブリッジを見回し、まだ残っていた操舵手を追い出した。全員の退避完了を確認すると、船長席の後ろ、背もたれの陰に膝を抱えて座る。つまり、背中を向けあった。

 気付いたキクチ大佐が振り返り、無言で艦尾方向を指差したが、その指先を見て不思議そうに首をかしげる。


艦長の後方(・・・・・)に下がっていますよ?」

「減らず口をたたくな!」

「艦長はブリッジ出る気ないでしょ? 私もここでいいです」


 言うことを聞くつもりがない目だ。

 いったんハーネスを外して副長の肩に通すと、胸と腰の前で締め直した──背もたれを挟んで、お互いをおんぶした。


「トパーズはどうした?」

「本艦の後ろに隠れようとしてました。たぶん上手にやるでしょ」

「これでは庇ってやるのと同じだな」


 いまA・リンカーンの艦体は、近付くデブリ群を左前方に見ながら横滑りしていき、最終的に正面装甲で受け止める体勢をとっている。トパーズが、その後ろで一緒に横滑りしていけば、A・リンカーンを盾がわりに使える。


「彼らは正当防衛だから救うんですって。さっき神様が言ってましたよ」

「しつこいぞ」

「だってヒマなんですよ。なにか、お話してください」

「──次の大戦で使う武器は、石と棍棒になるという予言を知ってるかね」

「アインシュタインでしたっけ」

「その時には文明を失っているという皮肉だが、まさか実現するとはな」

「まあ、投石の速さが、毎秒8kmとは思ってなかったでしょうけど」

「メジャーリーガーでも無理だな」

「ええと。私が知ってるヤンキース投手の175倍くら」


 このとき、副長の暗算結果を遮った音は──音速の空気塊は、逆にブリッジから音を奪った。


 *


 ──経過した時間が1秒なのか、1日なのかさえ判然としない。

 暗転したブリッジで、彼女の指先が、そこにいて欲しい存在を探す。やがて、触れた感触に、伝わる熱に、強く抱きしめる力に、確かな存在を確認した。まだ、あまり耳は聞こえていない。それでも、押しつけた頬から鼓動が伝わるのは、ラバーズ・フォンの原理と同じだ。

 甘い時間は1秒なのか、1日なのかさえ忘れさせる。

 非常灯が回復した。

 見上げると、弱い光が大事な人を照らしている。低い機械音が耳に入ってきた。

 ──耳が聞こえている! いそいで身体を離した。


「ふーっ! 危ないあぶない! 危うくキスするところでしたよ!」


 おどける副長を、キクチ大佐はハグし直した。

 しかし、先ほど非常灯が点いたため、後方からブリッジ要員が次々に戻ってくる。躊躇なく副長を離し、全員平等にハグした。次々来るから、次々と──。


 副長が、チン、チン、チンと、ベルを鳴らした。


「そろそろ、いいですかね──?」


 不機嫌な顔。


「──各部……あー……破損を、確認! B級以上は応急班に報せろ!」

「……負傷者がいたら優先して! 生命維持にリソース使っていいよ!」

「バーボン樽の点検は優先事項! カンガルーバーは放棄していい!」

「まだ火気は厳禁ね! 純酸素の使用は申告制で!」

「傾斜、回復!」


 二人は見事なまでに、お互いが重ならないよう指示を出していく。相手の声が耳に入っているからだ。


「──え、傾斜?」


 聞き捨てならない場合もある。

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