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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
12話.極軌道の寡戦
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紅い白虎

 カガは一人静かに悩む──環境さえないことに閉口していた。お口に戸がない娘と元・娘たちに取り囲まれている。


「ねー、まだ迷ってるのぉ?」

「迷ってる時は、逃げて逃げて、逃げまくりだって」

「そういうときは前に進んじゃえばいいのよぉ」


 助けを求めてカイナガを見たが、目をそらして忙しいふりだ。

 カガは頭を抱えた。

 巻き込まれたくないと願うほど、むしろ深入りしていることを実感する。もがいても引きずり込まれる蟻地獄。まるで重力井戸に墜ちていく感覚。むしろブラックホール。どこまで偶然で、どこから罠なのか──。


 後先を考えなければ、サラリーマンらしく命令書「モモカを連れてISS-11(イレブン)へ」の通りにすればいい。しかし、そこでモモカをどうするかが指示されていない。船乗りの危機察知能力が違和感を訴えている。引っかかるのだ。

 明確な事実その1は、モモカを欲しがっている連中がいること。それも国家レベルで。

 ただの女の子ではない。月面墜落時に行った手配も、マリウス総領事館を仕切ってみせた姿も、女の子どころか一個人の決裁範囲を逸脱している。

 明確な事実その2は、この船が事実上の特設巡航艦だということ。合衆国の正規SUVには敵わないまでも、現状それらに次ぐクラスだろう。仮に通商破壊戦などやらせたら宙域の秩序が一変しかねない、かなり凶悪な船だ。

 その3は、それが民間船トパーズとして、しかもモモカとともに、自らの管理下にあること。いわば安全装置に鍵が刺さった戦術兵器を、街中でブラブラ持ち歩いているようなものだ。

 もちろん個人的に悪用するつもりはないが、想像してしまうのだ。モモカとトパーズをセットで運用した時の破壊力を。

 狙われてもおかしくない。おそらく既に妄想した連中もいるだろう。それが我が手にあれば、と。

 だからこそJSD上層部も怪しい。

 命令書は、セットで連れて来いとも読める。天下りの爺さま方は、元々あっち側の人間だ。何か知ったうえで策動しているかもしれない。彼らに白紙委任して大丈夫か。やはり防衛省に渡したほうが良いのではないか。

 思えば「プロジェクト」のことを、もっと知っておくべきだった。後悔先に立たずだが、すぐにでも聞きたいことがある。


 もしかして「管理すべきもの」の中には、たくみシステムや軌道レーザーのほか、モモカさん本人も含まれますか──?


 これはこれで悩むばかり。

 加えて、後ろからA・リンカーンが、付かず離れずの距離を保ってついてくる。このうえ合衆国SUVまで、包囲網に加わるのか!


「どうすんだよ船長、いい加減決めてくれ」


 この速度のまま行けば、周回軌道に入れず地球に墜ちてしまう。交渉の余地がない物理からくる時間制限だ。

 カガは舌を奥歯で噛み、限界まで先送りするイクミ案を採用した。


「ISS-11の軌道へ入ります。ただし、一度はランデブーに失敗してください。それを見て誰がどう出るか、もう一周、90分だけ様子を見させて欲しい」

「あいよ、了解」

「急加速がかかりますので、三人は客席で備えてください」

「ここがいい」


 許可を待たず、モモカが通信席に座った。

 出港後に、ミサキの「別に制服は替えなくてもいいでしょう!」という涙の訴えがあり、CAから聖マリの格好に戻っている。第三シートに聖マリの制服は、もはや違和感がない。懐かしい感じがするくらいだ。

 カイナガはチラッと見ただけで、何も言わず加速準備に入った。イクミとミサキは「あらあら、まあまあ」「じゃあ後は若い人同士で」などと言いつつ、ニヤニヤ顔で客席へ移動していく。

 じっさい邪魔にならなければ、どこにいても構わない。

 客席モニターが安全の緑ランプを示すのを待って「加速開始」と命じた。


 タン……ガタガタガタガタ──!


 ISS-6で積み込んだ固体ブースターの燃焼振動が伝わってくる。

 月を周回するISS-6の軌道と、地球を周回するISS-11の軌道では、毎秒5kmほど速さが違う。おおよそ3倍だから、差を補うためにブースターが必要だ。本当は出港直後に加速したほうが有利だが、カガが最後まで迷っていたのと、追うA・リンカーンを振り切る意味で、ギリギリまで残しておいた、のだが──。


「平気で付いてきますね……」

「さすがに地球周回の軍艦。パワーが違うわな……」


 合衆国SUVの、力こそパワー主義を見せつけられて、二人は呆れる。


「バケモノめ!」


 そのバケモノ性能のおかげで、月墜落時は乗客を救助してもらえたのだが、人は忘れる生き物だ。


「ブースター燃焼終了、確認」

「なあ、船長。付いてくるどころか、距離を詰めてきたぞ」

「なんだろ。スピード勝負な気分になっちゃったとか?」


 口を出したモモカにつられ、後方を気にしていると、トパーズから接近警報が告げられた。


「前方に、反航する船籍不明船がいマス」

「なんだ? 地球軌道にパイレーツか?」

「船舶の照合データは、既知のパイレーツにもありまセン。型式不明デス」


 反航──いまトパーズは、地球を縦周りする極軌道に、北極側からアプローチしている。引力に捕まえてもらい、地球の向こう側へ下りる軌道だ。逆にトパーズが見つけた船籍不明船は、地球の向こう側から上ってきた。つまり、お互いに正面を向け合い、すれ違う航路になっている。


「さすがに、こんな軌道にパイレーツはいないでしょう。単に未登録の新造船かもしれませ……」

「軌道上に前方からの飛来物アリ」


 右舷方向への加速を感じた。トパーズが自己判断でイオンスラスターを使ったのだ。


「自動避退シークエンス終了、飛来物通過しまシタ」

「何があった。見えないぞ」

「観測結果──相対速度は毎秒18kmでシタ」

「見えるわけねぇ!」


 1秒前に18km先にあったものが、1秒後は後方18kmだから、通過を目視できるわけがない。衝撃を伝える空気もない。言われなければ、なにも気付かずにすれ違っただろう。


「トパーズ。飛来方向は?」

「逆算結果は、船籍不明船の通過位置と一致していマス」

「なにか落としやがったのかぁ?」

「なあに? あいつから出たゴミってこと?」


 進路前方にゴミを落とすことは稀だが、トパーズ自身も、月の上で前部の無圧貨物室を投棄したことがある。絶対にないとは言い切れない。

 それよりカガは数字を気にした。


「トパーズ。確かに毎秒18km、ですか?」

「誤差はプラスマイナス1%以下デス」


 おかしい。それぞれ、ほぼ毎秒8kmの地球周回速度──第一宇宙速度で反航しているなら、船同士の相対速度は毎秒16km弱のはず。

 残った差は毎秒2kmとはいえ、それでも月周辺を飛ぶデブリ並み。衝突すれば危険な飛来物であり、意図的に加速しないと出ない速度だ。


「トパーズ。先方と通信を試みてください。文面は……そうですね。まずトラブルの有無確認、援助の要否、それと……」


 続けようとするカガを、トパーズの警告がさえぎった。


「アラート。飛来物アリ」


 再び自動避退シークエンスが割り込み、右舷方向へ加速していく。


「なんだよ、次から次へと、ちゃんと片付け……」


 その瞬間、ドンッと巨大地震の第一波が突き上げた──ように、カイナガは感じた。本能的な生命危機にアドレナリンが放出され、集中力が極度に高まった瞳孔には、周囲の様子がスローモーションで見える──。

 地響きでビビビンと内壁が震えた。船体は動揺しながら、コマのように急回転している。左後方から「キャア! キャアァァ!」と断続的な悲鳴が聞こえた。振り向くと──モモカ側の壁に大穴が空いている! 宇宙に吸い出され──!

 いや、違う!

 左舷後方ディスプレイの表示が全て消えている。それが黒い穴に見えるだけだ。

 錯覚を振り払ってコンソールに向かう。化学、イオン、全てのスラスターを操作して、回転と逆のカウンターをあて、船首を軌道に戻す。

 どうにか軸を固定してカガを見ると、客席に通話して安否を確認していた。


「飛来物通過。およそ船体から30センチをかすめまシタ」

「ちっくしょう、かすっただけでコレかよ!」

「左舷後部の外部カメラが欠損しまシタ」


 モモカが左を見て「ひっ」と声を上げる。カイナガと同じ錯覚を起こしたのだ。通信席のベルトを胸元に引き寄せ、ギュッと身を縮める。


「モモカさん、大丈夫です。安心して──」

「飛来物分析の結果デス。レールガン弾体の可能性95%」


 カガの目付きが瞬時に凶悪化する。


「ほう。毎秒2kmの差は、やはりそういうものですか……!」

「狙って撃ってんだな、くそ野郎が!」

「船籍不明船を光学で捉えまシタ。主モニターに拡大しマス」


 映し出された船の正面は、まだ遠すぎてボヤケているものの、一見してA・リンカーンやブッシュにそっくりだ。


「合衆国SUV……じゃねえな。どうもコピー品って感じだ」

「ああ! なんか出たよっ!」


 ドローンの群れ、飛蝗が発進したのだ。

 ちなみに連合王国なら、飛ぶイナゴではなくポインターか何か、いずれにしろ猟犬にちなむ名称を付けただろう。獲物に近付き足止めする役割だからだ。

 そして、この相対速度で使うことはなかっただろう。捉えた1秒後には獲物の16キロ後ろにいる猟犬など意味がない。

 もちろん、パイフーにもわかっている。

 だが、このままでは蛇矛を開発した北京閥に手柄を持っていかれると、飛蝗を開発した広州閥が無理やり発進させたのだ。

 北京と広州の不和が、無駄な一手を打たせたことになる。


「測距終了、前方およそ二百万メートル」


 およそ2分ですれ違うということだ。

 カガは船長としての決断を迫られた。

 距離が近付くほど、レールガン弾体の回避が困難になる。つまり命中する可能性が上がる。今度は船体を貫かれるかもしれない。

 ──ならば、反撃だ。


「前方の船籍不明船をパイレーツと推定」


 いつものです・ます調とかけ離れ、怒りさえ感じるカガの低音に、その先を予想したカイナガが目を見開いて振り返る。


「今は民間船だ! マジで武装を使うつもりか!」


 L2でミラージュに主砲を使った時は、直前に防衛省コード「こんごう」を宣言した。非常に苦しいが、いちおう軍艦として振る舞ったわけである。今回は防衛省に籍を置く士官が乗っていないから、あくまでも民間船トパーズだ。


「時間がない。後ろのリンカーンも経緯を見ていた」半ば自分に言い聞かせている。「三式魚雷、用意」

「ああ、もう! オレは知らねえぞ!」


 投げやりに怒鳴ると、両舷のウェポンベイを開いた。

 予圧貨物室を二重天井に改造して、防衛省が設置したものだ。


「ハッチ開放確認、両舷射出」


 両舷から真横に1つずつ、三式魚雷が放り出された。

 そのままトパーズと並走する。

 同じ質量を左右に出すのは、軸を安定させるためだ。


「安全ロック解除、推進モーター、点火っ!」


 魚雷の後部がパッと光ったかと思うと、次の瞬間にはディスプレイ前方に映る2つの光点となった。次第に雷速は上がるが、もどかしい待ちの時間だ。

 レールガンを撃たれるか、魚雷が当たるか、どちらが先か──。


「この遅さは、やっぱり魚雷だなぁ」


 カイナガが、あえて緊張感を消した気楽な口調でつぶやく。それを受けて、カガも表情を緩め、艦長席のシートにもたれた。


「ほらね。ミサイルという感じではなく、三式魚雷がふさわしいでしょう?」


 なにやら話して平気な雰囲気になったと察し、モモカが素朴な疑問をぶつける。


「ねえ、ぎょらいに、一と二はないの?」

「ありません。こういうのは三式と決まってます」

「なんで?」


 モモカが知るはずもない。魚雷の行方をモニターしながら、カガが説明した。

 かつての海上艦艇が、三式弾という砲弾を積んでいた。対空用の榴弾だ。的が大きい艦船には徹甲弾を撃ち込めばいいが、空をヒラヒラ動く航空機に当てるのは難しい。だから、パンと花火のように広がって、広範囲を面で叩く弾を開発した。

 その名を継ぐのが三式魚雷だと。


「三式魚雷、クラスター分離を確認しまシタ」


 はるか、90万メートル先で起こったことを、トパーズのコクピットから知るのは難しい。しかし、おそらく──魚雷本体を避け切ったつもりのパイフーにとっては、目の前に投網を広げられた気分だったろう。もしくは、虎もハエもイナゴも叩く、巨大なハエ叩きの出現。

 自分の正面に広がった子弾が、パイフーを、そしてドローンを、毎秒18kmで叩きつける様を、どう見ただろうか。


 想像したモモカは、ついつい「痛いっ」と言って目を覆った。


 次に手を離したとき、四散したドローンは主モニターの拡大映像から消え、軌道速度を相殺されて下降するパイフーだけが映っていた。

 それでも高速だ。

 クルーが無言で見守るなか、トパーズの下、地球との間を、瞬時に通り抜けた。

 後方へ切り替わった望遠カメラには、2つ3つと打ち出される脱出艇。

 三十六計逃げるに如かずの国柄とはいえ、まだパイフーは戦えるはずだった。


「なあ、これ撃沈したことになっちまわねぇか?」


 カイナガの言葉に、カガは苦渋の無言で応えた。

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