密航者
「あたし一生ゆるさない。絶対に」(和光桃香さん)
「聖マリウスヶ丘女子高等学校、3年A組15番、ワコウ・モモカ」
所持品と思われる学生証を読み上げた。
貨物室に浮かんでいたのは、この娘とランドセルだけ。ランドセルといっても通学用とは思えないゴツさで、陸軍歩兵が使うバックパックのような代物だ。厳重なロックが掛かっていて中身を調べることはできなかったが、この学生証は外ポケットに刺さっていたので、とりあえず取り出してみたのだ。
顔写真は一致しているし、着ている制服は通称「聖マリ」のもので間違いないだろう。グレーのブレザーに、濃茶のタイトスカート。タイトスカートなのは、低重力の月面や無重力空間でも裾が広がりにくいからだ。
もっとも、月周辺にある他の学校は女子でもパンツスタイルが一般的になっている。しかし聖マリだけは、月面初の定住地であるマリウス洞にあるからだとか、良家の子女だからとかいう理由で、頑なにスカートスタイルだ。そういうことから、別に女子高の制服に詳しくなくても聖マリなら知っているという人間は多い。
ただ、本当に高校生なのかと改めて聞かれれば、判断に迷う。この娘に限らず、月や宇宙空間に長くいる人間は、それぞれが特殊すぎる環境で暮らしているため、見た目で年齢の見当がつかないのだ。
外見的な特徴は、ピンクがかった肌で童顔、やけに背が小さく150cmあるかどうか。やや茶色がかったショートヘアをピッグテールに結んでいる。もし地球上なら「中学生だよね?」と思われるかもしれない。しかし逆に月や宇宙なら、このくらい幼い外見の30代もいる。まして10年以上も女子高生なるものを見ていないトパーズのクルーに、真実がわかるわけもない。見た目からの詮索は早々に打ち切った。
それより、早急に解決すべき最大の問題は、密航者が乗ってしまったこと自体だ。厳格なはずの管理をすり抜けられ「いま現在、まさに密航されている」という事実。もちろんトパーズに密航者が乗ったことなどないし、他の船に密航者が乗ったというニュースを見た覚えもない。念のためデータベースを探らせたが、出てくるのは大航海時代やら伊藤博文やらといった、海を往く船の昔話ばかり。宙域航路においては前代未聞の事態が、他ならぬ自分たちに起きてしまったのだ。
こういう場合の責任はどこにあるのか、まず誰に連絡をしたら良いのか、その指針さえない。正解がわからないということは、下手をすれば「すべてトパーズが悪い」ということになりかねないということだ。
「それなら船から密航者を消せばいいんじゃねぇか?」とカイナガが言い出す。
何らかの方法で出発地である月にコッソリと送り返す、経由地もしくは到着地まで連れて行きコッソリと降ろす、宇宙空間にコッソリと投げ捨てる……と、いくつかのアイデアは出た。
しかし、多くは「コッソリと」という部分で非現実的だったし、残ったいずれの解決法もデメリットがあった。優先すべきプランA、B、C程度までは絞ったが、こちらも結論は保留とするしかない。
幸いなのは、今のところ60kgオーバーを知っているのが、トパーズのクルーとロディのバカだけだということだ。いや、ロディならもう忘れているかもしれない。だってロディだし。アハハと笑いあったところで問題の密航者に視線がいった。
「なかなか頑丈な娘だな」ということだけは、二人の感想が一致した。戦闘機乗りが音を上げる急加速のなか、シートも何もない貨物室にいたはず。それなのに、見たところ出血などの外傷はなく、ただ気絶しているだけというのは頑丈というかなんというか、ちょっとした奇跡に近い。
ひとまずコクピット内にある予備の三シート目、エンジニア席に寝かせて様子を見ていたが、すでに一時間以上が経った。
「これ以上待っても仕方ない。起こそう」
いちおう医療に関することなので、法の定めに従って、カガが船長権限で行う。
旅客用のメディカルキットから、気付け用のアンモニア水を取り出し、コットンに含ませる。カイナガはアンモニアの瓶が見えた途端に、自分だけ素早く逃げた。
それを横目でにらみながらも、なるべく自分から遠くなるように手を伸ばし、娘の鼻先で振る。ほんの数秒で「ぅう……」と声が出て、ショボショボと目を開けた。
しばらくは、自分の置かれた状況を理解できないようだったが、突如カッと目を見開いて叫んだ。
「う、うちゅ、宇宙! 死んだ!? あたし死んだ!?」
これは……仕方のない反応だ。通常の客席なら天井だけが観賞用の星空ディスプレイだが、それでさえ乗客が不安を感じることがある。ましてコクピットは、上下左右の全周に外部の宇宙空間が映し出されている。半覚醒の状態だと、宇宙に独りで浮いているという錯覚を起こし、パニックになるのも致し方ない。
「大丈夫ですよ。息をして」
こういう時は、まず見えない位置から優しい声をかけるのが基本だ。繰り返し、空気があって息もできることを伝え、呼吸が整うのを待つ。やがて、自分は生きているようだと理解し、周囲の情報を探ろうと目線が動き出すはずだ。それを待ってゆっくりと姿を表し笑顔を見せる。
「おはよう、お嬢さん。まるでプラネタリウムみたいでしょう?」
「……うん」
カガの見た目は、一般的にグッドルッキングとされる部類だ。金沢生まれでれっきとした日本人だが、スラブ系ロシア人である母の血が濃く出たのか、スッキリした鼻筋と青い目を持ち、縮れた金髪を後ろで縛っている。その外見に加えて、言葉遣いも丁寧で、物腰も柔らかい。
それが笑顔で寄ってくれば、たいていの女性は「……うん」である。カイナガに言わせれば「きったねーの!」だ。
その「きったねーの!」を活かして、正気を取り戻したように見える娘をそっと抱き起こす。
「ここは、キミが乗った船のコクピットの中です」
「……そうなのね。外かと思ってびっくりしちゃった」
よく見まわせば計器類が放つ灯りもある。室内だと理解して安心した表情になった。
「それで、キミは何をしにきたのかな?」
笑顔のまま聞いたが、モモカを正面から見据える目は、笑っていない。
「あ、あたしは……ね」
「うん」
「地球に行きたいんだよ!」
「はい?」
意表をつかれた。先ほどまでパニックになり不安な表情をしていた少女が、妙に明るい声で無邪気な宣言をしたこと──もあるが、それ以前に突っ込みどころが多すぎる。どれから確かめようか、若干のめまいを覚えつつ、まずは地球に行きたいという『ゴール』に関連する基礎的質問をした。
「キミは聖マリの生徒、なんだよね?」
「うん!」
「ということは、月生活が長いか……もしかして月で生まれた人なのかな?」
「そうだよ!月生まれの月育ち!」
「……」
それなら『ゴール』は実現不能だ。誰でも知っている世間の常識として、月育ちは地球に降りられない。
まず、月面の重力は地球の六分の一だから、地球に降りると今までの6倍も重力を感じることになる。
これは、地球育ちが月に旅行して帰るのとは違う。彼らは地球重力に合った骨格や筋力を持っている、もしくは持ったことがある人間だからだ。長く月にいて多少衰えたとしても、リハビリで回復できる。
しかし、生粋の月育ちを地球に放り込めばどうなるか。それは、生粋の地球育ちを重力6Gの惑星に送り込んだに等しい。体重50kgの人間なら体感で300kg、常時250kgの重りを身につけて生活するということだ。天下一な武道会を目指して鍛える少年漫画じゃあるまいし、まったく現実的ではない。
そして、さらに深刻なのは免疫能力の違いだ。月周辺の世界だって完全に無菌というわけではない。しかし、人工管理された清潔な空間であり、大量の細菌やウイルスが飛散している地上とは環境が異なる。病院の無菌室で一生を過ごすのでもない限り、あっという間に病気にかかり、高い確率で重症化する。率直にいって自殺行為だ。
いくらなんでも、そんな常識を知らないわけがない。それともアホの子なのだろうか。いちおう常識を知ったうえで言っているのか確認してみる。
「月育ちが地球に降りるのは無理だと思いますよ」
「鍛えてあるから大丈夫!」
ニカっと笑ってみせる。やはりアホの子なのかもしれない。