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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
11話.賞金稼ぎ、マーク・ザ・スティンガー
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優柔、決断

 月面建機の喫煙所は、人工丘の上に後付けで作られた掘っ立て小屋だ。防護用のレゴリスをかぶっていないため見通しが良い。

 初めにイクミが入り、「また吸いに来たのか?」「乗る船なかったら建機に来いよ!」「嫁でもいいぞ、ドワハハ!」「じゃっかあしい!」などという、いつも通りの定時連絡を経て、作業員どもを追い出した。

 今はモモカたちを含め三人だけが入っている。予圧されているが、顔を隠す意味もあって宇宙服姿で来ていた。

 ホテルからここまで、あまりに簡単だったので、モモカは拍子抜けした。昨日までマリウスの迷宮をさまよい、危うく死ぬところだったのに、二人に付いてきたら、あっという間に着いてしまった。嬉しいけれど、少しがっかり。複雑な気分だ。

 イクミは、せっかく喫煙所に来たからと、くわえタバコで双眼鏡をのぞいている。吸い口を口角に寄せ、奥歯で噛むという、実に男らしいスタイル。さして旨くもなさそうに、煙を吐き出した。


「そのBGってのは、軍の関係者だったんだろう? ほら、あのトンガリ山の向こうにいるのが輸送艇かもしれない。多分モモカちゃんの出迎えだ。あそこで軍に引き渡してあげるよ」

「うん、わかった!」


 モモカがあまりに素直な返事をするので、ミサキは逆に心配顔でイクミを突っついた。


「ねえ、あれに乗ったらどこへ行くと思う?」

「そりゃあ、奴らの基地に連れて行くんじゃないの? なんで?」

「だってさ──それだったら、モモカちゃんの監禁場所が、病院から軍に変わるだけになっちゃわない?」

「なるほど、ね」


 そう言って見つめてくる二人の視線に、モモカは少したじろいだ。

 改めて監禁という言葉を聞くと、怖いことをされる不安が湧く。アイが自分を助けてくれることに疑問はなかったが、それを軍が援助する目的や意義を考えると、きな臭い感じもする。本当に行っても良いものか、じっと考え込んだ。


「モモカちゃんも軍人が嫌いな口か?」

「んー、そんなことはない、と思うけど……」


 アイの顔を思い出す。BGも嫌ではなかった。

 混乱している様子を見て、イクミがククッと笑う。


「迷ってる時は決断しちゃダメさ。逃げて逃げて、逃げまくって、宿題は最後まで後回しってのが、ベテランの子どもだぜ」

「誤解されるわよバカ。逃げるんじゃなく一時避難するだけ。最後は宿題やるって部分が大事なんだから」モモカの顔を両手で挟み、頬をモチモチと撫で回した。「ねえ、モモカちゃん。病院から逃げたいのはわかったけど、最終目的というかゴールは何なの?」

「ちひゅうにいひたひ!」

「地球に行きたいのかぁ。即答ね。どうして?」


 手を離してあげる。


「月と違って、自由で平和で楽しいから!」


 イクミは渋い顔をして、タバコを吸い殻入れに押しつけた。


「なあミサキ、地球ってそんなところだったっけ?」

「さあ。あたしたちと時代が違うのか、それとも並行世界なのかしらね。ああ、ほのぼのファンタジーの異世界が、実は地球っていう童話もあったわね」


 ミサキは架空の剣を振り回す。


「何にしろ、自由で平和がいいなら、軍はダメだな」

「でも、マリウスにいたら、そのうち捕まっちゃうわよ」


 架空の剣で何かをブスッと刺した。半殺しにしてから捕まえるらしい。


「なら、アボートを使おう。すぐ出るぞ。各自気密チェック、ミサキは剣を置け」


 架空の剣は刃先を下にして、月面に突き立てられた。さらば伝説の剣よ。


 ヘルメットを戻した。喫煙所から出れば、外は空気なき月の夜。月明りならぬ地球明りは、半月ならぬ半地球。はぐれないようモモカを真ん中にしてテザーでつなぎ、一列になってピョンピョンと進む。


「アボートって?」


 イクミが道々説明してくれる。

 要するに、月面からの緊急エスケープシステムだ。何か起きたら近くの都市に逃げるのを大前提としたうえで、第二選択として用意された。不可抗力の事情で都市に戻れないとか、都市自体に問題が起きたので戻ると危険とか、月面では想定外が常に起こりえる。そういった緊急事態に備え、要救助者を上空の周回軌道まで打ち上げるという、乱暴な脱出ルートを確保しておいたのだ。

 もっとも、それなりに輸送網が発達した現在では使われることもなく、ほとんどの人が存在さえ知らない過去の遺物だ。

 名称については、かつてロケット打上げ時代の脱出システムを、何でもアボートタワーと呼んでいた誤用が、拡大転用され──


「それでアボート」

「さすが生き字引ねえ」

「でも、これ使っていいの?」


 そう言ってモモカが見上げた。

 話しているうちにアボートの1基に着いている。イクミが気安くポンポン叩いた。


「こいつは緊急用だぜ? それで、今は?」

「緊急事態、と言わせたいわけね」

「追ってるのが連邦──国家なら実際そうだろう?」

「そういう考え方もあるわねぇ」


 ミサキは言うなり、ガチャコっとハッチを開けた。あまりの無造作さにモモカが焦る。


「わわっ、迷いとかそういうのは……!」

「迷ってる時は進んじゃえば良いのよ。ゴーゴー!」


 イクミと逆のことを言い、ためらいもなく乗り込んでいく。つながれているモモカたちも、芋づる式に連れ込まれた。

 内部は至ってシンプルだ。四方に向けて背中合わせの、ごく小さな座席が4つ。そのうち、隣り合わせ2つの前にコンソール。正副ということだろう。造りは同じだ。それぞれマニュアルが下がっている。イクミとミサキが手にとって、パラパラめくった。


「さすがに本職ほどじゃないけどねぇ」

「なんの。マニュアル通りに飛ばせばいい。というか、行き先決めてスイッチポンみたいだぞ。誰でもカンタンって感じじゃん。まあ、緊急用なんだしね」


 気軽に言いながら主電源を入れ、ハッチをクローズの位置に戻した。

 モモカをコンソールなしの席に座らせ、ベルトで固定する。


「お客さん、どちらまで?」

「じゃあ地球まで!」

「モモカちゃん……それはさすがに無理ねぇ」

「現実的には第六だろうな」

「家に連れ帰るの? ちゃんと餌はあげられるんでしょうね」

「拾ってきた猫みたいに言うな」


 しゃべりながらコンソールを操作した。諸元を入力といった複雑さはなく、ほぼ選択式のセミオートで数字が埋まっていく。

 その様子をのぞきながら、ミサキがこそこそ内緒話をした。


(ねえ、まだ中止できるけど、本当に連れていくの?)

(地球に行きたいとか言い出す変な子だ。放っておけないだろう?)

「まあねぇ……」


 頬に手を当てた。納得していないようだが、イクミは脳天気なものだ。


「それにさ、実は一回これに乗ってみたかったんだよな!」

「あんた、まさか、そっちが先なんじゃ……! そう、そうなのね。あきれた」


 今度はひたいに手を当てた。ヨロヨロと座席に座る。

 上昇フェーズにGOを出し終わったイクミも座った。カウントダウンが船内に流れるなか、目視でモモカの様子を確かめる。


「上までは送ってやるけど、それからどうすんだ? 心当たりとかあるのか?」

「んー。とりあえず、カガせんちょとカイナガ、かなぁ」


 イクミとミサキは、目を丸くして振り返った。


「なんで知ってんの!?」


 それが合図だったかのように、離床ブースターが噴射を開始した。

 ふんわりと浮き上がる。

 上昇加速はヘリコプター程度で、キツいGはない。後はおしゃべりでもしながら、のんびり放っておけば、旅は1時間ほど。軌道までの距離は、東京-静岡より近いくらいだ。


 *


 そう。カガとカイナガは、どうしようもなく暇を持て余していたのだ。

 貨物を手伝えと言われたのに何も決まっていない。仕方なく、船上で装備のシミュレーションを繰り返しているうち、妙な方向へ話が進んでしまった。


「マリウスの連中が言ってる通り、波○砲でいいじゃないですか」

「ダメだって。それはホラ、いろいろ↑問題あるだろ?」

「そう言うなら、自分で対案を出してくださいね」

「──ジャスティス砲、とか……」

「はい? もう一度大きな声で言ってくださーい」

「ジャスティス砲!」

「なにそれ、正義砲? いい大人なのに、本気で言ってるんですか?」

「なにを!」

「なんですか!」


 険悪な雰囲気で行われる、主砲命名会議。名前をつけたところで、使い勝手が変わるわけでもないのに。

 それほど、どうしよう~もなく暇を持て余していたのだ。

 危うく取っ組み合いになろうとするところに、CAの制服を着たイクミが顔を出した。


「ジャッジメント砲がいいですの」


 棒読み口調。ハッチにもたれかかり、ジトッとした目で見ている。


「あんたたち、子どもじゃないんだからさあ……」

「モモカ砲!」


 子どもが飛び込んできた。

 どこから持ってきたのか、CAの制服を無理やり着ている。ウエストを端折っているらしく、タイトスカートは膝丈に収まっているが、上着はダッボダボだ。

 トパーズのクルー二人は、何も見ていないように無視する。


「回頭速度は、もう少し上げられるんじゃないでしょうか」

「やっぱ、最終局面ではスピード勝負だもんな」

「モモカ砲がいい!」

「……」

「……」

「あのよ」すぐ横に接近してきたモモカの視線に、カイナガが耐えられなくなった。「突っ込みたいことは山ほどあるが、言いたいことは一つだけだ──出てけ」

「な・あ・に?」

「で・て・け!」


 ギャーギャー


 険悪な雰囲気で行われる、じゃれ合い。

 それは放っておいて、カガはイクミに困り顔を向けた。


「何ごとですか、これは」

「マリウスで偶然拾ったから届けに来た」

「間に合ってますので、お持ち帰りください」


 毅然とした笑顔できっぱり言った。


「まあ、そう言わないの。はい、命令書」


 JSDの正式書類だ。一読して顔をしかめる。


ISS-11(イレブン)は無理ですよ。地球周回軌道じゃないですか」

「ブースター付けてくれるってさ。何も地球に降ろせって話じゃないんだ。そこまで送ってあげれば十分だよ」


 地球の近くに送る? 違和感がありすぎる──。いつも通りの空中戦を繰り広げているカイナガたちにチラッと目をやり、イクミに顔を寄せた。


(そもそもモモカさんは、地球に降りられる身体じゃないですよ?)

(たぶん上層部が噛んでる。モモカちゃんと聞いた途端に出たよ、その命令書)


 しばし、目で会話した。


「お断りしたいのですが?」

「ふふん、それが断れないんだな──だって手を出したんでしょう?」


 ニマニマする。


「ち、違う!、断じて、そそそれは違くてですね!」

「まあ、あんたらも独身だし、恋愛感情まで否定するつもりは──」


 最近聞いた言い回しにギクリとする。


「それ、まさか部長に──」

「早く出港しないと大変なことになるかもね」

「カイナガ! すぐ出ます! 逃げる用意して!」

「あぁ? 何だなんだ?」

「きんきゅう! 緊急事態です!」


 切迫したカガに困惑しつつも、カイナガも察するところがあるらしい。


「何だかわからんが、わかった。とりあえず2時間くれ」

「じゃあね、モモカインパクトは?」

「もう、それでいいから!」


 カイナガはモモカを振りほどこうとしている。

 カガも準備が要る。地球方面なら「私物」を積まないといけない。手配の段取りを頭に描きながら──ふと気が付いた。


「ところで相方さんは?」

「モモカちゃんと入れ替わって乗る」

「入れ替わる? どういうことですか?」

「おーい、ミサキ! 早く入ってきなよ」


 呼ばれてハッチからひょこっと頭の毛だけ。

 続いて顔だけ出した。

 口を固く結んでいる。


「ほら、こっちに来て!」


 イクミに促され、嫌そうに入ってくる──聖マリの制服を着ていた。

 なお、彼女の実年齢を答えた人事職員は、何者かに殺されたという。絶対に聞いてはならない。


「あの……」

「入れ替わるんだから、セリフ!」

「じょ……女子高生のミサキ、です……」

「ちゃんと最後までやらないと!」

「っく……よ、よろぴくネ」


 引きつった顔でポーズをとるミサキを遠巻きにして、それぞれ感想を述べあった。


「こりゃあ、キッツいな」

 カイナガは思ったことを口に出す男だった。


「昭和時代のロマンポルノみたいだよね」

 自分でやらせておいてイクミはこの言い草である。


「け、結構イケてると思う!」

 あのモモカが気を遣った。


「……」

 気の毒すぎて、カガは掛ける言葉が見つからなかった。


 AIトパースは電源が入っていないふりをした。

 人工知能には高度な危機回避能力が搭載されているのだ!


「だから……だからやりたくなかったのよ!」

 ミサキは泣き崩れた。

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