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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
9話.合衆国上海連絡員、諸葛ケイト
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旭日の遭遇戦

「ザムスが言う通り、確かに識別コードは『たくみ』だし、シルエットも違う。でも、こいつの正体は『トパーズ』で間違いないよ!」

「フハハハ……。ハーハッハッハ! ヒャアッハッハ!」


 ビグドゥの笑いに、若干の狂気が含まれるのは致し方ないだろう。

 ノヴォコサキスクに帰港することもできず、必死でのたうち回り、漂い続けたあげく、辿り着いたL2に──待機しているはずの補給船はいなかった。月宙域の最果てともいえる場所で朽ちる寸前、まさかトパーズに遭遇するとは。

 それは、神がいるからか。

 それとも、神はいないからか!


「ここで逢うたが百年目!」

「こうなったら、ぶっ殺してやる!」


 襲撃態勢に入ったビグドゥたちのテンションは高いが、パイレーツ船ミラージュのコンディションは最悪だった。

 キャプチャアームは片方しかない。推進剤は残量が尽きかけている。防護板は一部が破損して、次に当たれば致命的。冷静に考えるまでもなく、戦闘を避けるべき満身創痍の状態だ。

 コンディションが最悪なのは、船体だけではなくクルー本人たちもだ。高いのはテンションだけで、ろくに休養をとっていないし、食事もしていない。最後に分けあって食べたのは、委員長のポテトチップスを数枚ずつ。


 それでもやる!


 落ち窪んだビグドゥの目に、激しい光が浮かんだ。


 ミラージュの運気が落ちたのは、カイナガらトパーズと関わってからだ。敵を取り逃がし、貴重な資材を失い、襲撃すれば修学旅行生。我が栄えあるパイレーツ船ミラージュのビグドゥ一家が、物資補給さえ思い通りにならない。

 全てこやつらのせいだ。こやつらだけは絶対に倒す!


 *


 受けて立つべきか、カガは迷った。

 二度も襲ってきたミラージュと、ここで戦う選択肢はある。


 マリウスの月面建機供給公社でレクチャーを受け、改装を施したトパーズに予定外のものが載った──勝手に載せられてしまったことを知った。

 文部科学省は、たくみシステムを載せた。旧・実験衛星「たくみ」の忘れ形見だが、これは“約束”通りだから仕方ない。

 しかし、内閣府はエンジン周りを改造し、防衛省は物騒なモノを持ち込んだ。

 客観的に見れば間違いなく特設巡航艦、つまり合衆国がSUVと呼ぶ、れっきとした戦闘艦になってしまった。時を置かずして事実を知ったカイナガに至っては、経緯を勘ぐって「今後は空間宇宙軍の実験艦ってことじゃねぇか」と言う。

 いずれにしろ、もはや非武装の貨客船トパーズではない。


 力はある。しかし、戦える能力と、戦う意志は、別のものだ。


 この期に及んでも、政府は玉虫色の言い訳で通すつもりだろう。戦う能力も、その意志も、できるだけ隠しておきたいはずだ。トパーズ自体だって、試験航行中に実戦を試みるのは、いくらなんでも時期尚早。

 ならば、選択肢は──逃げる。


「トパーズ、ターゲットを緊急放棄」

「たくみマニピュレーター開放。ひまわり18号をリリースしまシタ」


 諫早参事官が残念そうに見送る。


「カイナガ、退避しますよ」

「任せろ! かっ飛ばすぜ!」


 *


 ザムスは、正面から飛来した気象衛星を、キャプチャアームで弾き飛ばした。装甲の薄い無人衛星は、バラバラと砕け散っていく。

 いつもなら「クンフー!」と、奇声を上げるところだが、ニヤリともしない。むしろ、心配そうな顔でパイロット席を振り返った。


「おいおいマッズよ、なんか離されてないか?」

「どうした。エンジントラブルか?」

「違うよ! ちゃんと全力だけど、たぶん向こうが速いんだ!」


 コンソールを叩きつけるマッズの絶叫を聞き、ビグドゥは渋い顔をして髭をなでた。冷静さを保っているように見えるが、その手は小刻みに震えている。


 なぜだ! 鈍足の貨客船に追いつけないだと!


 憤怒と焦燥、あるいは恐怖と絶望。

 船を修復する資材は尽きた。食糧もない。

 おそらく──


「推進剤の残量を報告せよ」

「このまま全力だと10分くらい!」


 ──やはり。

 チラチラと見てくるマッズの視線を避けるように目を閉じた。考えをまとめようとするが、思考の先はどれも行き止まりだ。脳裏には故郷に残した愛娘の顔ばかり浮かぶ。


「なあ、ビグドゥよ」


 同じ結論なのだろう。ザムスの声は諦観を帯びている。


「どうした」

「最後に狙うなら、むしろ手間取っているあっちの方だ」


 トパーズとは逆方向に離脱を図っている合衆国SUVを指した。


 ブッシュは、満載した観測機材が重すぎて、まだ回頭さえ済んでいない。そのうえ、ミラージュが弾いたひまわりの破片が、無防備な外積み貨物に当たってしまった。漂い出しているのは、乾燥ブロッコリーだ。


「うむ」


 ここまでというなら、この身に変えても、せめて一矢報いたい。トパーズに追いつける見込みがないなら、狙いを変える。合衆国も仇敵のはずだ。


「左150度、反転後に合衆国の艦を追え」


 マッズは無言のまま素早く操船する。反転指示の真意を悟り、過去のことを思い出していた。

 行き場を失ってパイレーツになろうとしたとき、心にあったのは社会への復讐だった。ボクから全てを奪うなら、ボクも全てを奪う。そう思っていた。

 あのとき、目の前に立つビグドゥは言った。


「我々パイレーツは、人の時間を奪う。時間をかけて稼いだ金、育てた食物、造りあげた財物、時には残された全ての時間──命までな。もし、いつか奪い返されるとしても、誰も恨んではならん。彼は我々と同じことをしただけだ」


 淡い恋心を知ったばかりの彼でさえ、覚悟はできている。


 *


 逃げ切れると安心したのもつかの間、通信席を手伝うアイが叫んだ。


「ブッシュからメーデーです!」


 カガは苦々しく頬をかんだ。


 ミラージュは目標を切り替えたに違いない。ブッシュが見掛け倒しだと気付いたのだろう。合衆国の正規SUVだが、いま現在は非武装の鈍足船だ。

 距離およそ2千メートル。宙域では目と鼻の先といっていいが、日本船籍に縛られたトパーズは、どうすればいい。


 かつて、日本は自国の領土さえ守れなかった。

 やがて、自衛ならいいということになったが、その範囲で揉めた。国家が行使する場合、正当防衛はどこまで許されるか、と。

 人間に置き換えればわかりやすい。

 自分が暴漢に襲われたら、自分を守っていいのは当然だ。

 子や妻が襲われていたら、助けに入って相手を制圧するだろう。妻子を守るのは当たり前のことで、国家であれば国民にあたる。


 だが、恋人が襲われていたら?

 どれだけ好きで、どれだけ大事な人でも、法的には他人であり、国家であれば同盟国や親しい隣国にあたる。


 信じられないことに──助けてはいけないと主張した人々がいた。

 いわく、恋人を襲っている暴漢に、実力行使してはいけない。全てが終わって犯人が去り、非戦闘地域になったのを確認しろ。そして、泣きじゃくる恋人に「ごめんね、家訓9条で喧嘩はできないんだ」と、カネを差し出せばいい。なぜなら、それは集団的自衛権だから──と「彼女を守る権利」を否定した。


 知っての通り、結果的に法整備されたが反対は根強く、その権利が行使されたことはない。つまり、襲われる国家を、彼の地で救助を求める国民を、蹂躙される女子供さえ、日本政府は見殺しにしてきたのだ。


 それが再び、トパースの目の前で起きている。

 同盟国の国民が乗った、同盟国の船が襲われ、助けてくれとメーデーを出した。

 幸いなことに、モリ空軍大尉も乗っている。

 条件はそろっているはずだ。


「──助けましょう」


 その決断がどれほど危ういか、元軍人であるカイナガは、現役時代に叩き込まれてきた。抜いてはいけない刀だと。

 ただ、基本的には正義感の強い人間だ。

 不安を感じつつも、ただ一点だけ大事なことを確かめる。


「法的根拠は?」

「海賊対処法」

「は? 海賊たいしょ、ほう?」

「──検索結果。『海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律』は、もともと2009年に成立した法律デス。廃止されていませんカラ、現在でも有効デス」

「また……古いな、そりゃっ!」


 盛大に笑い飛ばしたのは同意の証だ。覚悟を決め、すぐに回頭操作を始める。


「ただし、トパーズをモリ大尉の所管にすることが必要です」


 カガはアイに向かって真剣な目を向けた。

 トパースの船首が離れつつあったミラージュに向いた。

 カイナガはコンソールをポンと叩いて振り向いた。


「オレさ、こういう危ないトリガーを最初に引いちまうやつは、正しい軍人じゃねぇと思ってたんだ。でもよ、そりゃ違うのかもしんねぇな。どうだアイ。こうなりゃ、お前が高らかにぶち上げてやれ。どうせなら全周波数に、最大出力でな!」


 アイは「えーっ」と言いたそうな顔だったが、カイナガの目に押され、おずおず通信機を切り替えた。

 両手を膝について、目と口をギュッと閉じる。

 思い切り息を吸い込むと、ほとんど自棄になって叫んだ。


《こちらJS1213C──これより、日本国防衛省『こんごう』を宣言しまぁす!》


 カガは一瞬だけニコリとしたが、すぐに表情を引き締めた。

 距離は近いが、相対速度はマイナス。

 使えるオプションは少ない。


「主砲、射撃用意」


 普段は後方に拡散放射している推進エネルギーを、前方に向けて収束投射する。

 マリウスの連中いわく波○砲。

 飛び立つまで何年だか、飛び立った年だかを記念して上映されたリバイバル映画で、主人公の宇宙戦艦が似た武器を搭載しているのだという。


「目標ミラージュを正面に置け。ロックオン次第、スラスターオフ」

「3、2、推進を停止」

「機関全力反転」


 ゴォォォオオ──!


 通常は無音のイオンスラスターだが、機関反転によってコクピット内にも轟音が響く。海上艦艇のタービンエンジンか、航空機のスラストリバーサーが出す音のようで、いかにも稼働中の高出力機械といった、たくましい音圧だ。


「誘導ストリーマーおよび過圧制御システム作動」

「荷電粒子収束ガイド照準よし」

「撃てっ」


 *


 ヒュルゥゥゥ……ゥ


 前触れもなくミラージュのコクピットが真っ暗になった。勢いで回っていたモーター類が止まると、聞こえてくる機械音も途絶えた。


「おい……なんだ、何が起きた?」

「……」

「マッズ、おいマッズ!」

「──主電源装置(MPU)が落ちた」

「MPUって、おまえ何やったんだ!」

「知らないよ! ボクにもわかんないよ!」

「二人とも落ち着け」

「悪かった──。ともかく何でもいいから早く直せ。この状況はマズい」

「無理」

「はあ?」

「だから、無理なんだってば! メインが落ちたのに、バックアップが動いてないんだよ! 気付けよ! だから非常用照明もついてないんだ!」

「マッズ、簡潔に結論を述べよ」

「いやだ!」

「言うんだ!」


 後方から入射したトパーズの主砲は、ミラージュのイオンスタスターを貫き、MPUを含む正副電源系を溶解させていた。

 宇宙で全電源を喪失した船は、自力で動けず遭難信号も発信できない。推進力を失った状態で、電波の届かない深海に沈没した潜水艦と同じだ。

 生き延びるか否かはシンプルで、残った酸素を消費し尽くして終わるか、それまでに外部から助けてもらえるかの二択。

 とはいえ、もう結論は出たも同然だ。


「ミラージュは……、ミラージュが……」

「そうか」


 短く発したビグドゥの声は、慈父の穏やかさを感じさせた。


 空調を失った船内で、アナログ式気温計の針がノンビリと動く。

 外は全天に星が輝く宇宙なのに、わずかな光さえない暗闇のなか、戦いに明け暮れた日々をねぎらうように、残された時間は静かに流れていった。

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