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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
1話.防衛省・大臣官房付中尉、七海ちとせ
4/59

過積載

「どうせ同じなら初めに捨てりゃよかった」(パイロット・海永強史(カイナガツヨシ)さん)

 このトパーズは貨客船だから、一般の乗客が乗ることもあるし、旅客向けの広告には「安全快適な宇宙の旅!」と書いてある。ロディがそれを承知しているかは知らないが、悪ふざけにしては度が過ぎているだろう。

 パイロットのくせにキレやすいカイナガが、さっそくコリンズへ文句をつけようとしているのも当然だったが、船長のカガはそれを手で制した。


「安全確認を先にしましょう。進入した航路をチェックし、予定との誤差があれば早急に修正してください。私は貨物室を確認してきます」


 カイナガは怒りが収まらない表情だが、カガの判断に反論の余地はない。一方のカガも、カイナガなら仮に怒り心頭でも手は冷静に動かせると信じている。だから、カガはカイナガの返事を待たない。少し目を合わせただけでハーネスを外し、すぐに後方へ身体を蹴り出した。

 さきほど衝撃音がした予圧貨物室はコクピット後方、ユーティリティを抜けた先にある。間にあるのはエアロック1枚だから、大きな損傷があれば気密を保てなくなるし、運んでいる物資に損害があれば依頼主に報告しなければならない。また、責任がコリンズ基地にあるなら、それも合わせて交渉する必要がある。

 まずは現状を確認するのが先だ。


「く……了解、船長」つかんでいた通話機を叩きつけ、操船機能を立ち上げる。「オープン、トパーズ」


 最低限の計器類を除いて待機状態だった、トパーズのコクピット機能が動き出した。暗くしてあったヘッドアップ・ディスプレイの輝度が増し、離床時の高Gに備えて収納されていた操作コンソールが開く。続いて壁面、天井、床のディスプレイが順次点灯し、外部カメラでとらえた映像が映し出されていく。


 トパーズにはいわゆる窓というものがない。構造上の弱点になるからだ。

 窓にかわって設置されているのは「全周ディスプレイ」──いわばリアルタイムの実写プラネタリウムだ。上部カメラの映像を天井ディスプレイに、下部カメラは床に、前方は前に……という要領で周囲を映しだす。宇宙空間に素の身体で浮かんでいるような感覚になるため、慣れていないと少し落ち着かない。

 また、安全性の追求は装備に限らず、設計思想にも表れている。

 最もデブリが当たりやすい前方には、正面装甲と無圧貨物室があり、コクピットや客室といった生命維持ゾーンは、船体中央部に集められている。つまり、もし船体がなにかと正面衝突しても、一番はじめに損害が出るのは正面装甲、次は貨物だ。そして、乗員・乗客の生命は守られる──正確には守られる可能性が高い。


「トパーズ、チェック。予定航路とのズレはあるか?」

「航路チェック了解しまシタ。三点測位、予定時間65秒デス」


 返事をしているのはトパーズ搭載のAIだ。あえて厳密にいうなら、ハードとしての船体・貨客船JS1213C「トパーズ」号と、ソフトとしてのAIは別物だが、この船ではどちらもトパーズ呼びで統一している。実際の運用感覚としても、船そのものと対話しているのと変わりない。

 音声設定に『落ち着いた20代女声(低めII)』を選んでいるのは、乗員の好みというより、それが無難な選択だからだ。他の多くの船でも「宇宙に慣れていない旅客を安心させる効果がある」と信じられている。

 もちろん冒険旅行をうたったアトラクション船なら『ワイルドな30代男性(西部風)』でも良いだろう。しかし半官半民の日本宇宙開発(JSD)が所有する貨客船で、「イェーイ!今日もかっ飛ばしていくぜ!」などというアナウンスが流れれば客が椅子から転げ落ちる。そしてクレームになる。むしろ、そんなことをコクピットで言いそうなのはパイロットであるカイナガ本人の方だ。


「航路チェック完了しまシタ。誤差正常値内。問題ありまセン」

「ちっ!」


 思わず舌打ちが出た。ロディのニヤケ顔が目に浮かぶようだ。これでは、大声で怒鳴りつけても「それで何か問題あるぅ?」とトボケるに違いない。船の安全という意味では良いことなのだが、精神的にはイライラする。

 しかし、もう一つ仕事を片付けなければならない。


「トパーズ、チェック。船体質量を確認」

「了解しまシタ。イオンスラスターによる加速で確認、予定時間120秒デス」

「可能ならついでに誤差の修正も頼む」

「状況確認後に報告しマス」


 あのロディが言っていたことだから、そもそも本当なのかさえ怪しいが、60kgの質量オーバーについて真偽を確かめておく必要がある。本来であれば、離床時のトータル質量は厳密に計算されており、寸分の狂いもない。

 もし本当に差があるなら、それはイレギュラーであり事故そのものだ。60tに対して60kgなら0.1%だから気にしないというわけにはいかない。

 そこでトパーズが選択したのは、船体後方にあるイオンスラスターを最低限だけ点火し、ほんの少し加速を試みる方法だ。予定通りの質量なら、予定通りの速度が足される。しかし予定より重ければ、速度が予定値より遅くなる。その差から、予定外質量を割り出そうというのだ。加速も小さく、たった120秒の簡易検査だからグラム単位の正確な数値は出ない。だが、キログラム単位くらいなら近似値が出せるだろう。


 並列イオンエンジン120基で構成されるスラスターのうち8基に火が灯る。このくらいでは、加速を体感することはできないが、速度計の小数点以下はゆっくりと数値を上げていく。

 実際のところ、これを見ていても人力で何かを計算できるわけではない。こうなると、カイナガが気にするのは後方の貨物室に行ったカガの様子だ。まだ数分とはいえ、何も連絡がない。コクピットを空にするのは気が引ける。しかし、気になり始めると仕方ない。そわそわしはじめる。

 こういう性格なのだ。落ち着いて待つということができない。それが貨客船パイロットに落ちぶれた理由の一つだといえる。


「トパーズ、連絡を船内放送に切り替え」と言い残し、後方へ身体を飛ばす。隣室のユーティリティに入ると、貨物室につながるエアロックが開けっ放しになっていた。これなら生命維持ゾーンの気密には問題がないのだろうと判断し、エアロックに頭から突っ込んでいく──と、すぐそこに浮かんでいたカガの背中に当たった。カガは固定バーを握っていたため、玉突きで飛ぶことはなかったが、けっこう勢いよく衝突したカイナガに反応もしない。

 横に回りこんだカイナガが「船長どうした?」と問いかけても、呆然とした表情で一点を見つめているだけだ。冷静な判断力を誇る船長が思考停止状態。しかし、カガの視線をテン・テン・テンとたどったカイナガも次の瞬間に思考停止した。男二人が呆然と口を開け、貨物室の一点から目を離せない。

 ……そのまま秒針が一回りする。それを待ったように、トパーズの回答が船内放送で響き渡った。


「質量チェック完了しまシタ。およそ60kgの過積載デス」


 聞くまでもない。60kgオーバーの正体なら、二人の視線の先で気絶したまま浮いている。それは制服の少女だ。

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