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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
8話.インターミッション~修理待ち~
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カガの子供部屋

うんてんしゅのオクムラが、くるまのドアをあけてくれた。

きでできたたてものは、すごいおおきくて、びっくりした。

かっこいいとボクはおもった。


「パパ、これがあたらしいおうちなの?」

「ああ。友理だけの特別な家だ」

「ほんとうに? すごいね、すごいね!」

「もう学校にも行かなくていい。一人で好きに暮らしなさい」

「やったぁ!」


じゆうなので、ボクはうれしかった。

でも、なんかヘンなきもちがしたので、ふしぎにおもった。

それから、ボクはパパにきいた。


「ママはどこ?」


 *


 ブルッと震えてカガは目覚めた。

 二人に何か起きないかと期待し──いや、気を遣って寝たふりをしていたら、本当に寝てしまったらしい。酒処に生まれようが、ロシア人の血を引いていようが、全ての人間がアルコールに強いとは限らない。いわゆるザルのカイナガや酒豪のアイに付き合おうとしたのが間違いだった。

 暦の上では盛夏のはずだが、このあたりは深夜になれば少し肌寒い。丹前を引き寄せて、浴衣の上に羽織った。


 今はお盆を理由に夏休み中だ。


 カガもカイナガも、船乗りという職種以前に日本宇宙開発(JSD)の社員だから、乗るべきトパーズが修理中でも自動的に休みとはならない。事務処理から雑用まで、片付けるべき仕事は山積みだった。

 それでも一段落すると、いったん地球に降りようという話が持ち上がった。こういう機会でもなければ、しばらく帰省などできまい。こういう機会とは、つまり「盆と改装がいっぺんに来た」ということだ。休暇申請はあっさり通り、それぞれ目的を持って地上を満喫した。


 たのしかった、なつやすみ。


 あっという間に時間は過ぎ、明後日中にはISS-8(エイト)に戻らないといけない。目前に迫った帰社と、いよいよ始まる試験航行を前にして、カガは二人を自分の家へ招待していた。

 カイナガは同僚であり親友でもあるから当然だろう。

 アイは一緒に死地を切り抜けたから、という名目だが、空軍大尉であり政府プロジェクトに一枚かんでいる彼女を呼んだことには思惑があった。

 カガの頭には、余計なことに巻き込まれたのは決して偶然ではないという、確信めいたものがある。裏で手を引く人間もしくは組織が存在する可能性が高く、あえて懐を見せれば、向こうも何かしらのレスポンスを起こすと踏んだ。いずれ先手を取るために、自らアクティブソナーを打ってみるというわけだ。

 アイより核心に近そうな──むしろこいつが元凶だろうと思われるモモカを呼べないのは残念だったが、そもそも地球に降りられないのだから仕方ない。


 そういう思惑を知ってか知らずか、二人は喜んで招待を受けた。半日ほど前、今日の昼下がりに揃って到着したが、迎えの車から降り立ったとき、あ然とするあまり手土産を取り落とすほどだった。誰からともなく「カガの実家は金持ち」と聞き及んでいたものの、想像をはるかに超える斜め上、一人暮らしの住処とは思えない建物だったからだ。


 カガの家──かつて「子供部屋」として与えられた元・旅館(!)は、金沢から海沿いの道を走ったあと、細く目立たない私道を分け入ったところにある。三方は防風林と見分けがつかない松林に囲まれ、肉眼で見える範囲に民家はない。残りの一方は、事実上プライベートビーチとなっている小さな砂浜で、その先は北西方向に湾が広がっている。

 隠れ家“的”ではなく、文字通りの隠れ家。家系の厄介者になってしまった加賀友理その人を、世の中から隔離するために父親が用意した場所だ。

 今となっては、カガがほとんど宇宙にいるため、一人の家政婦だけが常駐している。幼少の頃から彼の面倒を見てきた、育ての親のような老婆ヨシさんだ。昔から大変な世話好きで、今日は朝早くから「坊っちゃんがお友達を連れてきなさる」と張り切っていたが、さすがに眠ってしまっただろう。


 カガは少し酔いの残った頭を覚まそうと部屋を出た。

 すると広縁では、カイナガが涼し気な様子で月など眺めている。はだけた浴衣に立て膝で行儀は悪いが、日本庭園を前に月下独酌。風流なことだ。しかし詩作の趣味はないから、水面に映った月を取ろうと池に落ちることはない。

 カガはゆっくり近付いていくと隣に並んで座り、仕事場である宇宙を見上げた。

 ぼんやり浮かぶ雲の向こうに、下弦の月が見え隠れしている。モモカのいるマリウスは、これから14日間続く夜に入っていくところだ。


「月の中にモモカさんが見えますか?」

「ああ、ケラケラ笑いながら、悪だくみしてるぜ」


 あれから二人は彼女のことを調べ上げ、一つの決意を持つに至った。地球に降りた目的の半ばは、そのための資材調達だ。


「またですか。本当に悪い子ですね」

「だな……。でもよ、本気でやるのか?」

「もちろん本気ですよ」


 カガはサラッと答えた。口を尖らせたカイナガが、ふーっとため息を付いたのは、消極的了承だろう。何度も話し合ったことだ。


「それより、モリ大尉と仲良く飲めましたか?」

「バーカ」

「姿が見えませんが、どこに行ったんです?」

「風呂に入るってさ。あいつ長風呂だから、あと一時間は帰ってこねぇ」

「へーぇ。やっぱり入浴時間まで知り尽くしてるんですね」

「バ、バーカバーカ」

「では、ちょっと見に行きましょう」


 腰を上げたカガに驚き、カイナガが目をむく。


「おい船長! いくらなんでも、そりゃダメだろ!」


 カガはニヤリと笑い、先立って歩き出した。ロビーに入って階段を降り、さらに廊下を折れてズンズン進む。カイナガがギャーギャーと抗議の声を上げるが、耳に入っていない様子だ。やがて、大浴場の暖簾が見えるあたり、湯上がり処にある鏡の前で立ち止まった。


「ここが秘密通路の入り口です。覚えておいてくださいね」


 カイナガは無言になり、ゴクリとつばを飲み込んだ。なんだかんだで期待しているのだろう。鏡に写った顔がだらしない。

 その様子を見て笑いをこらえつつ、カガが鏡の右上を強く押す。


 ギッ……


 小さくきしんで鏡が回った。古典的などんでん返しの仕組みだが、鏡なら手で触られる可能性が少ない。ベタベタ指紋をつけたり、万が一割れたりしたら大変と思うからだ。そういう心理の裏をかいている。


「入ってください」


 促されるままにカイナガが鏡の裏に進む。カガは灯りをつけてから鏡を閉じた。その先は人が二人並べる程度の通路になっている。奥に向かって、かなりきつい下り勾配だ。


「いちおう車椅子やストレッチャーでも通れる幅に設計してあります」


 カガが解説しながら、ゆっくり歩いていく。ここまで来ればカイナガも「風呂のぞきを車椅子で!?」などとは思わない。別の目的がある通路だと察した。進むたびに人感センサーが反応して、二人がいる位置の照明が灯る。しばらく行くと突き当たりに出て、左奥に貨物用エレベーターの鉄扉が見えた。その脇にあるのは、虹彩認証装置の「のぞき窓」だ。


「認証登録しておきますから、目をあててください」

「なんでオレ」

「最悪の場合、カイナガが一人で使うケースもありえるでしょう?」


 それは、カガがいない場合、だ。カイナガ一人になるケースとは、その前に何が起こると想定しているのか、考えたくもないなと思いつつ、渋々と目をあてた。

 カガは登録操作をしながら、真面目な顔でからかう。


「のぞくのが、お風呂じゃなくて残念ですか?」

「バーカ! バーカ! バーカ!」

「はい、動かないでー」

「覚えてろよ! クソ船長!」


 スーッと、エレベーターの扉が開いた。


「ほら、登録されればこの通り」

「──なあ、一つ気が付いたんだが」いまだ苦々しい顔をして、のぞき窓から目を離す。「これ車椅子で来た奴はどうすんだ?」


 カガは心底驚いたとばかり目を丸くした。


「考えてませんでした……。何とか気合で立つ、とか?」

「設計ミスだな!」


 一矢報いた。

 そのまま、5メートル四方もある大きなエレベーターに入る。肩をすくめてカガが後を追い、行き先ボタンを押した。もっとも、ボタンは「上階」と「下階」の2つしかない。


 ゴォ……ン


 油圧式エレベーター特有の重い動作音をたてて、ゆっくりと下階に降りていく。降りていく。ひたすら降りていく。異様に長い。


「これ、地下何メーターだよ」

「50メートルです。第二次冷戦期に造ったものと聞いてます」

「じゃあ、核シェルターってことか」

「はい。40人が半年暮らせる備蓄もあります」


 ガタンと軽い衝撃があり、スーッと扉が開いた。

 そこは、オレンジやグリーンといったビタミンカラーで彩られた、おもちゃ箱のような空間だった。飾り気はないが、無機質ではない。


「意外とポップなんだな」

「長く住むことを前提にしてますから、優しい気持ちで過ごせるように、でしょうね。それでも性能に問題はありません。完全な核シェルターですから、常に陽圧がかかっていて、放射能混じりの外気を取り込まない構造です。普通に使っても、無菌室並みに清潔だと思いますよ」


 カガの言葉に、カイナガは真剣な目をしてうなずいた。

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