ミラージュ一家の襲撃
シュ……!
ゲートを開けると、アドベンチャー号の濃密な空気がエアロックに逆流した。
マッズはハンドミラーを手早く使って周囲の安全を確認し、勢いよく船内に飛び込む。数歩先にある客室入口に取り付くと、閉じられた扉にカチリと集音器をあてて、内部の様子を探った。
いつものモジャモジャ髪はオールバックになでつけられ、瓶底メガネではなく度入りの濃いサングラスをしている。見た目がオタクでは迫力がないからと、襲撃時はハッタリの効く格好を心がけているのだ。
「内部は……パニック状態」
残りの二人に小声で伝える。
強制接舷から、まだ75秒しか経っていない。民間人だらけの観光客船が、統制の取れた反撃準備を整えるのは無理だろう。
扉の逆側に取り付いたザムスは、右手に柳刃包丁を持ち、ベルトに出刃を差し込んだ危ない姿で、傷跡が目立つ顔をニヤッと歪ませた。
防弾防刃フル装備のビグドゥが、二本指のハンドサインを振って命令する。
「突入」
マッズが手をかざして客室扉を開けると同時に、ザムスが飛び込む。ハンドガンを腰から抜いたマッズが続き、最後にビグドゥがゆったりと入室した。
乗客は目の前の光景を呆然と眺めるだけだ。客室が一瞬シンと静まる。
奇襲の雰囲気に乗って自ら興奮してしまったザムスが、柳刃包丁を高くかざして威嚇すると、ようやく事態を理解した数人が悲鳴を上げた。
「きゃああぁぁぁ!」
「ひ、ひいぃぃー!」
乱入した暴漢から少しでも距離を取るため、ジタバタと後方に下がっていく。
ビグドゥは、慌てふためく船内を見回し、心の中でため息をついた。この襲撃が成功しても、ろくな上がりを得られないと、即座に察したからだ。
アドベンチャー号の客室内は「道路でひっくり返った観光バス」のようだ。
現在、接舷したミラージュのスラスターで加速しているため、天井方向に疑似重力がかかっている。そのため、乗客は座席から振り落とされ、天井に「落ちて」いた。頭上で逆さまになっている席の半分ほどは、リクライニング状態にされている。寝台兼用のシートでのんびり寝ていたのかもしれない。
ビグドゥは乗員、乗客を見定めていく。
押し出されるようにして、一番近くに座り込んでいる中年男性が、おそらくパイロットだろう。金モールの付いた立派な制服を着ているものの、怯えた表情からは威厳の欠片も感じない。宇宙船の操縦士というより、田舎のバス運転手といった印象を受ける小男だ。
一番奥でガタガタ震えている30代ほどの女性は、引率の教師らしい。
そして、その他ざっと二十数人の学生服どもが生徒なのだろう──。
「修学旅行……かな?」
マッズがつぶやく。ビグドゥは苦々しい顔をして、無言の同意を示した。
これでは、金目のものどころか、補給物資の確保さえ怪しい。一般的なパイレーツであれば、ここで人質商法という考えも浮かぶのだろうが、それはミラージュ一家のポリシーに反している。
どうしたものかと顔を見合わせると、だみ声が上がった。
「ようようよう! おっさんらよ!」
頭が悪そうな、あばた面の“ヤンキー”が集団の中から現れた。
武闘派を自認しているのだろう。やけに裾が長い上着をボタンもかけずに背負い、大げさに肩を揺らして歩いてくる。チラリと見える裏地には、よく分からない漢字の刺繍。どこで買った土産物か、白木の木刀を掴んでいた。
やる気満々らしい。無謀にも刃物を持つザムスに近付いていく。
ビグドゥは、呆れた顔をして忠告した。
「おい、やめておけ」
ヤンキーは当然のように無視した。
しかし、ザムスはその言葉をどう受け取ったのか──ニヤリと笑って柳刃をベルトに収め、男を指差した。人差し指をこまねき、チョイチョイと挑発する。
「ぶ、ぶぶぶ、ぶっ殺してやらぁ!」
素手で十分という嘲りに激昂したヤンキーが、木刀を振り上げながらダダっと駆け出した。それなりに気迫のこもった顔だ。クラスメート相手なら「まあ怖い」くらいは言ってもらえるのだろう。
「……バカらしい」
最後方で見ていたマッズが、遠隔操作でミラージュのスラスターを切った。加速を失ったアドベンチャー号は無重力になる。上下感覚を無くしたヤンキーは、次に踏み込んだ一歩の反動で宙に打ち上がり、「おわ……あぁっ」という情けない声を残して、座席側に飛んでいった。
ドバ、バン!
カエルのような格好で床にぶつかる。そのうえ可哀想なことに、跳ね返った木刀で自分の後頭部を痛打したらしい。
相手は歴戦のパイレーツとはいえ、全員が見ている前で、格好悪くもて遊ばれたヤンキー。今後の教室で立場を保てるか心配だ──いや、将来の心配は不要かもしれない。跳ね返ってきたところに、ザムスが出刃を抜いて構えている。
「おやめなさい!」
凛とした声が、客室に響いた。
ザムスはスッと真顔に戻ると、役目は終わったとばかりに素早く出刃を収め、斜め後ろに下がった。
替わりに前へ出たビグドゥが、飛んできたヤンキーの身体を受け止め、パスの要領で乗客の方へ押し出す。
漂っていく男と入れ替わりに、一人の少女が集団から抜け出した。
「いいんちょぉ……」
心配する他の生徒を片手で制し、ビグドゥの前まで浮いてくると、座席に手を伸ばして自分を止めた。髭面の大男を恐れる様子もなく、正面からキッと見据える。
意志の強そうな瞳。無重力に漂う長い黒髪。聡明さを感じる広いひたい。化粧ひとつ必要としない肌からは、微かにバラが香った。その香水は、特別な旅行だからこそ自分自身に許した、精一杯の「校則違反」なのだろう。
「ほう……」
ビグドゥは目を細めた。
この少女は身を挺して盾となるつもりらしい。
「私がお話を聞かせていただきます」
他がひどすぎるのは確かだ。腰を抜かした中年パイロット、怯えるばかりで生徒を守れない女教師、威勢だけで弱いヤンキー。本当にどうしようもない集団だ。頭抜けて聡明に見えるこの少女も、交渉相手としてはあまりに幼い。
しかし、勇気ある者には敬意を示す。それがミラージュのやり方だ。
ビグドゥは、自分の愛娘を思い起こさせる、この女生徒“委員長”をアドベンチャー号を代表する相手と認め、鷹揚にうなずいてみせた。背後からは、少女に興味のあるマッズがチラチラと覗き見ている。
「あなた方の目的は何ですか?」
委員長は極めて抑制のきいた口調で尋ねた。犯罪者を懐柔する卑屈な低姿勢でもなく、かといって威圧感を込めた高飛車な態度でもない。
さては、名のある家の娘御か──。
先ほどから感じていた、少女の場馴れした態度に、ビグドゥは感心した。「正統派ヒロイン……」とつぶやきつつ前に出ようとするマッズを二の腕で抑えながら、努めて穏やかな口調で返事をする。
「さる事情により、食糧と若干の資材を所望する。貴殿らの生命に危害を加えるつもりはないから、どうか素直に聞き入れて欲しい」
無法なパイレーツを相手に、善悪を説くのは逆効果になりかねない。悪いとわかってやっているのだから。こういう場合、生命を守るために最適な回答は、潔く物資を差し出すこと。彼女は迷いなく即断した。
「私たちは旅行中の学生ですから、お船の詳しいことは分かりかねますが──それで、あなた方が救われるなら、必要なものをお持ちください」
「心遣い痛み入る」
「ただし」委員長が後ろの集団を振り返る。「私はクラスメートを安心させたいのです。彼女たちに危険はありませんか?」
「ローレルに帰港する推進剤と食糧は残す。それは約束しよう」
しかし、委員長は戸惑った様子で、軽く首を振った。不審に思いながら無言でビグドゥが待っていると、言葉を探すようにしばらく言い淀んだあと、消え入りそうな声を絞り出した。
「いえ、つまり女性に……手を出すようなことは……」
「ない」
ビグドゥは即答で請け負い、非常に珍しいことだが、目元にシワさえ浮かべた。決断が早く、友人想いで、清潔な交渉相手に満足し、太い右腕を差し出す。
頬を紅潮させた委員長が、おずおずと握手に応じようとした瞬間──。
「きゃあー!」
生徒たちから悲鳴が上がった。
見れば、気の弱そうなおかっぱの男子が、不釣り合いな銃器を手にしている。
「……あ、悪人と、取引なんか、しちゃダメだ……」
かろうじて聞こえる程度の小声。
震えながら構えているのは、護身用としてはオーバースペックすぎるMS28対物ライフルだ。家族が持たせたのか、勝手に持ち出したのか知らないが、この状況には全くそぐわない代物だった。
武器というものは、威力が高いほどベターとは限らない。
たとえば、ザムスは刃渡り30センチ程度の料理包丁で武装している。あえて手頃な短刀を選んでいるのは、狭い船内で使うことを意識するからだ。これ以上長いものを振り回せば、天井や壁に突き刺さってしまう。
まして、地上用の対物ライフルなど船内で使えばどうなるか。突き刺さるどころか、外壁を突き抜ける。わかっている人間なら持ち込まない。
「はぁ……はぁ……」
少年は息遣いが荒く、目付きも怪しい。冷静さを欠いているのは明らかで、今にもトリガーを引きそうだった。
未熟な正義感を持ち出して、交渉事をぶち壊す。こういう、分別のつかない“正義バカ”に武器をもたせると大惨事を招くのだ。




