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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
8話.インターミッション~修理待ち~
36/59

ミラージュ一家の襲撃

 シュ……!


 ゲートを開けると、アドベンチャー号の濃密な空気がエアロックに逆流した。

 マッズはハンドミラーを手早く使って周囲の安全を確認し、勢いよく船内に飛び込む。数歩先にある客室入口に取り付くと、閉じられた扉にカチリと集音器をあてて、内部の様子を探った。

 いつものモジャモジャ髪はオールバックになでつけられ、瓶底メガネではなく度入りの濃いサングラスをしている。見た目がオタクでは迫力がないからと、襲撃時はハッタリの効く格好を心がけているのだ。


「内部は……パニック状態」


 残りの二人に小声で伝える。

 強制接舷から、まだ75秒しか経っていない。民間人だらけの観光客船が、統制の取れた反撃準備を整えるのは無理だろう。

 扉の逆側に取り付いたザムスは、右手に柳刃包丁を持ち、ベルトに出刃を差し込んだ危ない姿で、傷跡が目立つ顔をニヤッと歪ませた。

 防弾防刃フル装備のビグドゥが、二本指のハンドサインを振って命令する。


「突入」


 マッズが手をかざして客室扉を開けると同時に、ザムスが飛び込む。ハンドガンを腰から抜いたマッズが続き、最後にビグドゥがゆったりと入室した。


 乗客は目の前の光景を呆然と眺めるだけだ。客室が一瞬シンと静まる。


 奇襲の雰囲気に乗って自ら興奮してしまったザムスが、柳刃包丁を高くかざして威嚇すると、ようやく事態を理解した数人が悲鳴を上げた。


「きゃああぁぁぁ!」

「ひ、ひいぃぃー!」


 乱入した暴漢から少しでも距離を取るため、ジタバタと後方に下がっていく。

 ビグドゥは、慌てふためく船内を見回し、心の中でため息をついた。この襲撃が成功しても、ろくな上がりを得られないと、即座に察したからだ。


 アドベンチャー号の客室内は「道路でひっくり返った観光バス」のようだ。

 現在、接舷したミラージュのスラスターで加速しているため、天井方向に疑似重力がかかっている。そのため、乗客は座席から振り落とされ、天井に「落ちて」いた。頭上で逆さまになっている席の半分ほどは、リクライニング状態にされている。寝台兼用のシートでのんびり寝ていたのかもしれない。

 ビグドゥは乗員、乗客を見定めていく。

 押し出されるようにして、一番近くに座り込んでいる中年男性が、おそらくパイロットだろう。金モールの付いた立派な制服を着ているものの、怯えた表情からは威厳の欠片も感じない。宇宙船の操縦士というより、田舎のバス運転手といった印象を受ける小男だ。

 一番奥でガタガタ震えている30代ほどの女性は、引率の教師らしい。

 そして、その他ざっと二十数人の学生服どもが生徒なのだろう──。


「修学旅行……かな?」


 マッズがつぶやく。ビグドゥは苦々しい顔をして、無言の同意を示した。

 これでは、金目のものどころか、補給物資の確保さえ怪しい。一般的なパイレーツであれば、ここで人質商法という考えも浮かぶのだろうが、それはミラージュ一家のポリシーに反している。

 どうしたものかと顔を見合わせると、だみ声が上がった。


「ようようよう! おっさんらよ!」


 頭が悪そうな、あばた面の“ヤンキー”が集団の中から現れた。

 武闘派を自認しているのだろう。やけに裾が長い上着をボタンもかけずに背負い、大げさに肩を揺らして歩いてくる。チラリと見える裏地には、よく分からない漢字の刺繍。どこで買った土産物か、白木の木刀を掴んでいた。

 やる気満々らしい。無謀にも刃物を持つザムスに近付いていく。

 ビグドゥは、呆れた顔をして忠告した。


「おい、やめておけ」


 ヤンキーは当然のように無視した。

 しかし、ザムスはその言葉をどう受け取ったのか──ニヤリと笑って柳刃をベルトに収め、男を指差した。人差し指をこまねき、チョイチョイと挑発する。


「ぶ、ぶぶぶ、ぶっ殺してやらぁ!」


 素手で十分という嘲りに激昂したヤンキーが、木刀を振り上げながらダダっと駆け出した。()()()()()気迫のこもった顔だ。クラスメート相手なら「まあ怖い」くらいは言ってもらえるのだろう。


「……バカらしい」


 最後方で見ていたマッズが、遠隔操作でミラージュのスラスターを切った。加速を失ったアドベンチャー号は無重力になる。上下感覚を無くしたヤンキーは、次に踏み込んだ一歩の反動で宙に打ち上がり、「おわ……あぁっ」という情けない声を残して、座席側に飛んでいった。


 ドバ、バン!


 カエルのような格好で床にぶつかる。そのうえ可哀想なことに、跳ね返った木刀で自分の後頭部を痛打したらしい。

 相手は歴戦のパイレーツとはいえ、全員が見ている前で、格好悪くもて遊ばれたヤンキー。今後の教室で立場を保てるか心配だ──いや、将来の心配は不要かもしれない。跳ね返ってきたところに、ザムスが出刃を抜いて構えている。


「おやめなさい!」


 凛とした声が、客室に響いた。

 ザムスはスッと真顔に戻ると、役目は終わったとばかりに素早く出刃を収め、斜め後ろに下がった。

 替わりに前へ出たビグドゥが、飛んできたヤンキーの身体を受け止め、パスの要領で乗客の方へ押し出す。

 漂っていく男と入れ替わりに、一人の少女が集団から抜け出した。


「いいんちょぉ……」


 心配する他の生徒を片手で制し、ビグドゥの前まで浮いてくると、座席に手を伸ばして自分を止めた。髭面の大男を恐れる様子もなく、正面からキッと見据える。

 意志の強そうな瞳。無重力に漂う長い黒髪。聡明さを感じる広いひたい。化粧ひとつ必要としない肌からは、微かにバラが香った。その香水は、特別な旅行だからこそ自分自身に許した、精一杯の「校則違反」なのだろう。


「ほう……」


 ビグドゥは目を細めた。

 この少女は身を挺して盾となるつもりらしい。


「私がお話を聞かせていただきます」


 他がひどすぎるのは確かだ。腰を抜かした中年パイロット、怯えるばかりで生徒を守れない女教師、威勢だけで弱いヤンキー。本当にどうしようもない集団だ。頭抜けて聡明に見えるこの少女も、交渉相手としてはあまりに幼い。

 しかし、勇気ある者には敬意を示す。それがミラージュのやり方だ。

 ビグドゥは、自分の愛娘を思い起こさせる、この女生徒“委員長”をアドベンチャー号を代表する相手と認め、鷹揚にうなずいてみせた。背後からは、少女に興味のあるマッズがチラチラと覗き見ている。


「あなた方の目的は何ですか?」


 委員長は極めて抑制のきいた口調で尋ねた。犯罪者を懐柔する卑屈な低姿勢でもなく、かといって威圧感を込めた高飛車な態度でもない。


 さては、名のある家の娘御か──。


 先ほどから感じていた、少女の場馴れした態度に、ビグドゥは感心した。「正統派ヒロイン……」とつぶやきつつ前に出ようとするマッズを二の腕で抑えながら、努めて穏やかな口調で返事をする。


「さる事情により、食糧と若干の資材を所望する。貴殿らの生命に危害を加えるつもりはないから、どうか素直に聞き入れて欲しい」


 無法なパイレーツを相手に、善悪を説くのは逆効果になりかねない。悪いとわかってやっているのだから。こういう場合、生命を守るために最適な回答は、潔く物資を差し出すこと。彼女は迷いなく即断した。


「私たちは旅行中の学生ですから、お船の詳しいことは分かりかねますが──それで、あなた方が救われるなら、必要なものをお持ちください」

「心遣い痛み入る」

「ただし」委員長が後ろの集団を振り返る。「私はクラスメートを安心させたいのです。彼女たちに危険はありませんか?」

「ローレルに帰港する推進剤と食糧は残す。それは約束しよう」


 しかし、委員長は戸惑った様子で、軽く首を振った。不審に思いながら無言でビグドゥが待っていると、言葉を探すようにしばらく言い淀んだあと、消え入りそうな声を絞り出した。


「いえ、つまり女性に……手を出すようなことは……」

「ない」


 ビグドゥは即答で請け負い、非常に珍しいことだが、目元にシワさえ浮かべた。決断が早く、友人想いで、清潔な交渉相手に満足し、太い右腕を差し出す。

 頬を紅潮させた委員長が、おずおずと握手に応じようとした瞬間──。


「きゃあー!」


 生徒たちから悲鳴が上がった。

 見れば、気の弱そうなおかっぱの男子が、不釣り合いな銃器を手にしている。


「……あ、悪人と、取引なんか、しちゃダメだ……」


 かろうじて聞こえる程度の小声。

 震えながら構えているのは、護身用としてはオーバースペックすぎるMS28対物ライフルだ。家族が持たせたのか、勝手に持ち出したのか知らないが、この状況には全くそぐわない代物だった。


 武器というものは、威力が高いほどベターとは限らない。


 たとえば、ザムスは刃渡り30センチ程度の料理包丁で武装している。あえて手頃な短刀を選んでいるのは、狭い船内で使うことを意識するからだ。これ以上長いものを振り回せば、天井や壁に突き刺さってしまう。

 まして、地上用の対物ライフルなど船内で使えばどうなるか。突き刺さるどころか、外壁を突き抜ける。わかっている人間なら持ち込まない。


「はぁ……はぁ……」


 少年は息遣いが荒く、目付きも怪しい。冷静さを欠いているのは明らかで、今にもトリガーを引きそうだった。

 未熟な正義感を持ち出して、交渉事をぶち壊す。こういう、分別のつかない“正義バカ”に武器をもたせると大惨事を招くのだ。

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