約束のカフェ
窓際の四人がけテーブルに案内された。
窓側でカガとカイナガが向かい合い、通路側にはモモカとアイが座る。アイはモモカと並んで座ろうとしたのだが、カガとカイナガを並べると二人で逃げるかもしれないとモモカが指摘し、「フタ」のような形で通路側を抑えたのだ。
カガはすでに抵抗を諦めた。カイナガは片肘を窓にかけ、ふてくされている。
ただ、モモカにはいつものような明るさがない。緊張しているのだろうか。覚悟を決めたようにベレー帽をスポッと取り、窓に向かって斜めに座りなおす。そして、おもむろに頭を下げた。
「ありがとうね、二人とも」
なにを言い出したのかと、カイナガはキョトンとする。
「なんのことでしょう」
「だってアイを助けてくれたじゃない」
「ああ。それは当然のことをしたまでで」
「本当にありがとう」
再び頭を下げた。
「とにかく会ってお礼を言わないと気持ち悪くて」
「なんだ。モモカさんがお礼したかったんですか。モリ大尉かと思ってました」
「アイはアイで言うよ」
「私からも御礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
バシッと立ち上げって気をつけの姿勢になったあと、カガに向かって一礼、カイナガに向かって一礼をした。
「そんなこたぁどうでもいいんだよ」気だるそうにカイナガが片手を振る。「それよりモモカ、けっきょくおまえは何者だ。後で話すと言ってたろうが」
「うん。そのとき『カフェで』と言ったでしょ。ここどこ」
「マリウスのカフェ」
「だから、あたしもそのつもりで来たよ」
ベレー帽をキュッとかぶり直した。お礼は終わったということだろう。
そこへ店員が注文を取りに来た。月面都市のマリウスで食事に期待してはいけない。席料代わりとして、それぞれにコロッケと飲み物を頼む。モモカは水、残り三人はコーヒーだ。
「んで。あたしのことだけど」
「うん」
カイナガがぐっと乗り出す。
「アイから説明するよ」
カイナガが潰れた。
「なんでだよ」
「いやぁ自分でもどこまで話していいかわからなくって」わざらしく頭をかき、アハハと笑う。「その点、アイが知ってることなら公開情報だからオッケー」
「私も詳しいわけではありません。『女子高モモカ』もわかりませんし」
「うん、それは知らなくていい。いつものあたしを説明してあげて」
「はい……」少し考え込む。「とりあえず身分は政府職員です」
「政府ぅ? このチンチクリンが、か」
「通信ではそう言ってましたが、本当なんですね?」
「そこを疑われてもなぁ……」
ポーチをごそごそとあさり、認証カードを取り出してテーブルに置いた。
政府が使う五七の桐が大きくデザインされ、顔写真入りで「内閣府付きマリウス担当官・和光桃香」とある。
「偽造とかじゃないよ」
「聖マリの学生証も持ってただろうが」
「あっちは偽造。使えるけどね」エヘヘと笑う。
「内閣府の方が、私の知っているモモカせんぱいです」
「そう、その『せんぱい』というのは、なんの先輩なんですか?」
「政府の──プロジェクトの先輩ですね」
「どういう?」
「えっと……言っちゃっていいんでしょうか」
モモカは答えあぐねるアイを手で制した。
「それは後で話す。順番があるんだ」
「そうですか。では……政府の職員で、いや職員なんですけど──非常勤的な?」
「……要はよく知らねぇんだな。モモカ、自分で話せ」
ふぅ……と息をつき、少し考えてからモモカが話しはじめた。
「月の便利屋さんかなぁ。生まれてからずっと月にいるでしょ。だから、いろいろと知ってる人が多くて、それを便利に使われてる感じ。そのかわり、お願いも聞いてもらえるよ。軌道レーザーだって撃ってもらえちゃう」
「あれはどう考えてもおかしいでしょう……」
「たしかに派手ね。でも、あっちも『実験してみたかった』って喜んでたよ」
「あっちってどっちだよ!」
「ツヨシくん、伏せたんだから察しなよ」
「なんだよ、おまえは知ってんのか?」
アイは目をそらして口笛を吹く真似をした。知ってるけど教えてあげないよ、という表現だ。バカにされたカイナガは、アイの頬を両手で押さえてヒョットコ顔にしてやった。頭をはたかれる。
一方でカガはピンときた。
「二人が知っているということは、それが『プロジェクト』に関係あるんですね」
「そう!」カガの洞察力を再確認して笑顔になる。
「ということは、後で説明してもらえるわけですね」
「うん」
納得していない顔はカイナガだ。
「なんでヒラの担当官がそんな力を持ってるわけ? レーザーのことだって詳しくないどころか、無知レベルだったじゃねぇか」
「あたしがレーザー撃つわけじゃないもん!」
「せんぱいの場合、肩書は関係ないのよ。認証カードも身分保証で持ってるだけ。ツヨシくんにわかりやすくいうなら、せんぱいの本業は『アイドル』ね」
「もう、アイ……!」
「ご、ごめんなさい。えーと、ハイレベルの高官に──慕われてる? 愛されてる? かわいがられてる?」
モモカも言葉を探す。かつて言われたことを思い出した。
「孫のようだって言ってた。生まれたときから知ってると、そうなるんだって」
「ある意味でアイドル以上ですね、それ。たいてい、孫のお願いなら多少の無茶はするし、ときには自分の人生より優先することもあるでしょう」
「つまり生まれの差か。きったねーの」
「バカ! 違うでしょ。生まれついてのアイドルなのよ!」
「いや……カイナガの言う通り」モモカがうつむく。「甘やかされてるだけ」
それはどうかなとカガは思ったが、口には出さなかった。得たものの話ばかりしているが、生まれのせいで失ったものもあるはず。それを指摘するのは残酷な気がした。話題を変える。
「そんな立場なら、密航なんてしなくていいじゃないですか。たとえば、偽造カードで別人にしてもらって、普通に乗船すればいいでしょう?」
「それは……事情があったの。いま理由は言えない」
「だいたい、なんで聖マリの制服なんだよ」
「あれは……」ベレー帽をギュッと押し下げて顔を隠した。「着てみたかったんだもん。あたし学校に行ったことないから」
急にしょげ返ったモモカを見て、なにやら複雑な事情があるらしいと察したカイナガは、さすがに言葉に詰まった。
カガはモモカをじっと見つめる。これまでを思い返しても、トパーズに乗っていたときの幼い感じと、通信で話したモモカにイメージのギャップを感じていた。いま再び会ってみると、また少し印象が違う。演技ではなさそうだから、どれもすべてモモカなのだろう。
このアンバランスさ、不安定さの原因がどこにあるのか、いまはまだわからない。ただ、食生活に欠け、学校生活に欠け、おそらく他にも大事なパーツが欠如しているのかもしれない。なぜか「救いたい」という気持ちが大きくなっていた。
「お待たせしました~」
店員がプレートを持ってきた。地球に持っていったら絶対に通用しない、マリウス流の「コロッケ」が並べられる。どう言葉を継いでいいか困っていたカガは、少しホッとした。アイが明るい声を作って聞く。
「これ、なんで『コロッケ』っていうんでしょうね?」
「カタチだろ」
「材料じゃないでしょうか」
「元々これが『コロッケ』でしょ」
「あいかわらずモモカっていうか月星人は本物を知らねぇんだな」
「また本物とか言った。なにが違うのよ!」
「なにもかも違げぇ!」
「そうですね……。もしかすると、これはコロッケの中身だけなのでは」
「あ、そうです。これは中身です!」
マリウスでコロッケと呼ばれるものは、ゆでて潰したジャガイモに、刻んだ標準食を挽肉代わりとして混ぜ込み、小判状に整形して焼いたものだ。これに衣をつけて揚げれば地上のコロッケに近くなるから、コロッケから衣を取ったもの、コロッケの中身という表現は当たらずとも遠からずだ。
他の料理は、材料がジャガイモと標準食であることを意識させないよう努力しているのに対し、素性を隠そうともしない思い切った一品である。
決して美味しいものではないが、慣れているモモカは気にせずパクパク食べた。




