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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
6話.料亭たま吉・女将、百鶴あや乃
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なぞのじんぶつ

 カガは、天井を仰いでぶすっとしていた。

 カイナガは、コンソールを前にぶすっとしていた。

 アイは、そっぽを向いてぶすっとしていた。

 トパーズは、とくに用がないので発言しなかった。


 ときおり入る通信にアイが答え、必要に応じて事務的なやりとりをする。そのとき以外、コクピットは沈黙に包まれていた。つい先ほど、総員下船に対する見解の相違から、ひと悶着あったからだ。


 カガは一人で残るつもりだった。

 合衆国が出した「一人以上残留せよ」という条件は、それほど意外ではなかったし、言われずとも最期まで船長として残るつもりでいた。自分自身も操縦士であり、一人だけで必要十分。それ以上のリスクや犠牲は、非合理でムダなことだ。ところが、下船命令を無視してゾロゾロと二人も付いてきたことが不満だった。


 カイナガは二人で残るつもりだった。

 合衆国の条件は知らなかったが、おそらく船長は降りないだろうと想像していた。しかし、自分こそトパーズのパイロットだと自負していたから、最期まで操縦するつもりだった。だから「カイナガも降りろ」と言われたことにカチンと来て、意地でも降りないとパイロット席から一歩も動かなかった。


 アイは三人で残るつもりだった。

 船長は降りないだろうし、ツヨシくんは私を守ると約束してくれた(──と、彼女は解釈していた)。だから、旅客とCAを見送ってコクピットに戻ってきたとき、二人から「降りろと言っただろ!」と怒られたことは、とうてい納得できなかった。用なしといわれたようで意地になり、通信系をハックした。


 誰が間違えているというわけでもない。それぞれが、それぞれを大事にしているのは確かだ。「おまえは逃げて生きろ」というのも、「最期まで一緒にいるわ」というのも、根っこの部分はかわらない。いずれも相手への愛があるから出てくる言葉だ。

 それなのに、ただ表現が違うだけなのに、お互い「なんでわかってくれないの」と、ふてくされている。心はバラバラだった。こういう状態ではチームとして働けない。結果として、なにもできないまま時間だけが経っていく──。


 ピピー


 小さな音がなり、A・リンカーンから通信が入っていることを報せる。おそらく、先ほど送った救助感謝への答礼だろう。アイが受けるが、聞いているうちに困惑の表情が浮かぶ。仕方なく保留して船長の指示をあおぐことにした。


「カガ船長、A・リンカーンからの通信なのですが」口に出していいか少し迷いつつ続ける。「要するに『生存確認』のようです」


 カガの顔が曇る。趣旨をつかみかねた。それは、自暴自棄になって自殺でもしてないかという問い合わせか?


「──ありのまま事実を伝えてください」

「了解しました」


 アイは言われたとおりにして通信を終えた。

 気だるい沈黙の時間が流れる。


 ピピー


 再び通信が入った。通信元がISS-8になっているのを確認したアイが、不思議に思いつつ受ける。トパーズの知人が応援メッセージでもくれたのだろうか。


「エイト、JS1213Cトパーズ交信可能」

《そのままだまってきいて》

「はい?」

《しーっ! 黙って聞いて。シャット、アップ》


 その口調で相手が誰だか理解する。

 そして、続けて聞いているうちに、アイは自分の口元がゆるんでいくのを自覚した。いつも通りの明るい声。それだけで彼女の表情が浮かぶ。少し舌っ足らず。でも、きっぱりと断言されると安心する。


(せんぱいが助けに来てくれたんだ……!)


 *


「注目してください!」


 突然コクピットの前方に浮かび出たうえ、仁王立ちポーズで腕組みしているアイを見て、カガは心配になった。カイナガにいたっては「精神的な不調」を、より率直に表す言葉を頭に思い浮かべた。あまりに普段のキャラと違ったからだ。顔が耳まで真っ赤になっている。高熱があるのかもしれない。


「いまからトパーズを! 政府が全力バックアップします!」

「……おい、ついに気が○ったか?」


 カイナガは我慢できない男だ。思ったままの言葉を口に出す。

 ひと呼吸おいて。

 機械仕掛けのようにアイがぐぐっと方向転換し、自分の正面をカイナガに向けた。


「カイナガは黙ってて!」

「……」


 カイナガは黙ってエンジニア席に飛び、アイの通信プラグをオールに切り替えた。通信内容がコクピットに直接ながれる。


《次はカガせんちょの方に向いて、ビシっと指差しなさい。んで、こう言うのよ。「諦めてはいけません。わた……じゃない、政府を信じなさい!」って》


 誰も反応しない。


《あれ? アイどうしたの、なんかトラブル?》

「どうにも訳がわからねぇがよ」カイナガは、アイからヘッドセットを奪った。マイクに向かって大声を出す。「トラブルはおまえだモモカ!」

《ぎゃあっ! 耳がっ、耳がいたい~》

「ごめんなさい、せんぱい! 私には無理でした!」


 アイは両手で顔を覆い、クルクルと身をよじった。こっちのキャラもアイにしては珍しい。


《あちゃー、もうバレてるのか。早いね、アハハ》

「どういうことか説明してください、モモカさん」

「いや、むしろオレはなにも聞きたくねぇぞ」

《説明もなにも言ったとおりだよ。バックアップするんだってば》


 カガとカイナガは顔を見合わせた。ナニヲイッテイルノカワカラナイ。


「いや、だからなんでモモカが……」

「さっきから不思議なんだけど」ねぇねぇとアイがカイナガの袖を引っ張る。「なんでツヨシくんがモモカせんぱいのこと知ってるの?」

「なんでって、一昨日までトパーズに乗ってたから……」はたと気付き、眉を寄せる。小声になって聞いた。「なあ『せんぱい』ってどういうことだ?」


 カガも困惑しながら同じことを聞く。


「モリ大尉は、カイナガと同い年ですよね。どうして女子高生のモモカさんを先輩扱いしてるんですか?」


 カガは、カイナガの年齢(つまりアイの年齢)も知っているが、レディに失礼なので「同い年」と表現した。防大を出て大尉にまで昇進しているのだから、ズバリいうのをはばかられる──そういう年齢だ。少なくとも17~18才の高校三年生より上なのは間違いない。


「せんぱいは先輩だし……。待って。『女子高生』ってなんですか!?」


 今度はアイが困惑した。三人は頭を寄せ合ってコソコソと会議をはじめる。


「いったいどういうことでしょう」

「(上)先輩モモ──オレら──女子高モモ(下)ってことかぁ?」カイナガが図を描いてみた。

「え、二人いるの!?」

「声は私の知っているモモカさん本人だと思いますが」

「私も、わたしが知っているモモカせんぱいだと思います」

「待てまて、ここはいったん整理してだな──」

《シャット、アップ!》モモカが割り込んだ。《聞こえてるわよ!》


 カイナガはヘッドセットを持ったままだ。コソコソ話の意味がない。


《その話は、また今度よ。コレが終わってから──そう、マリウスのカフェあたりでゆっくり話しましょ。言ってる意味わかるわね、アイ》


 生きて帰ってこい、そうしたら話してやるといっている。


「──はい! 絶対に!」

《よし。じゃあカガせんちょ、するべきことに優先順位をつけて》


 カガは一瞬で考えをまとめた。いや本当はとっくにわかっていた。カイナガとアイの顔を交互に見ながら確認していく。


「第一は、月面の被害を最小限にすることです。多くの人が住んでいます。モモカさんの話を聞くまで、マリウスのカフェを壊さないようにしましょう。第二は」いったん目をつぶった。人差し指を立て、念押しするように続ける。「一人でも多く生き残ること。いいですね。もし次の脱出チャンスを無視する人がいたら、ひどい目にあわせます」


 アイがうなずく。カイナガは、手でオッケーというサインを作った。


《話はまとまってるわね》

「全員一致です」

《うん──》声が少しやわらかくなる。《大丈夫だよ。このチームなら》


 聞き覚えのセリフに気付き、カガが右手を前に出した。


《今回も、きっとうまくいく》


 カイナガは「なぁ、これ毎回やんの?」と言いつつアイの手をとる。


《カガとカイナガとアイとトパーズとあたし。五人のチームは無敵だよ》


「準備できたぞ」三人の手を重ねる。「せーのっ!」


《チーム・トパァ~ズ、ファイ!》

「「「「オォー!!」」」」

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