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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
5話.生物学博士、アル・ロジャース
21/59

四年前、月の裏にて

 ドヤドヤ


 ボーディングブリッジから旅客がやってくる。

 先導しているのはJSDが誇る精鋭CAの二人だ。早くも観光客と打ち解けて談笑している。おっとりして落ち着かせるのが上手い「技の一号」ことミサキと、元気者で盛り上げが上手い「力の二号」ことイクミのバディが乗船してくれるのは、クルーとしてもありがたい。

 二十代にも見えるが、社歴はカガより長いから、そこそこ良い年齢のはずだ。本人たち曰く「いつも高速移動してしているせいで時間の進行が遅い」のだという。相対性理論。いわゆるウラシマ効果だ。なにかのときに、実年齢を人事に尋ねたら、首をブンブン振って回答を拒否された。なんでも殺されてしまうらしい。なるほど、道理で人事部の人手が足りないわけだ。ハイタッチのように片手を上げて、カガとすれ違っていく。


 続く一団を見れば、会社がベテランCAをアテンドした理由がわかる。いかにも「老人会」といった風情の観光客が七人組で入ってきた。正直カガはこの手の旅客が苦手だ。かつて人間は年令を重ねるほど丸くなると思っていたが、それは間違いだと思い知らされている。とくに宇宙に上がってきた彼らは興奮状態で、ワガママかつ横暴なことこのうえない。

 それでも今日はマシな方だろう。規定通りに防護服──静電気による事故を予防するため金属の糸が編み込まれている──を、素直に羽織ってくれている。デザインがいかにもオールド・ジャパニーズ・スタイル、つまりハッピそのものなので、ハイカラな老人たちは着るのを嫌がって抵抗することがあるのだ。CAたちがうまく誘導してくれたに違いない。

 飴をくれようとする老婦人には「ノーサンクス」と英語で断った。「外人さんじゃ仕方ないねぇ」と諦めてくれる。やはり外国語作戦は角が立たず有効だ。


 最後にロシア人作業員たちが、バラバラと乗り込んでくる。まったくもって団体行動が苦手な連中だ。毎度のことだが、これで作業に支障はないのかと心配になる。

 ブラブラと歩いてきた顔なじみのリーダーが、なにごとかロシア語でジョークを飛ばす。それに対してカガは日本語で「そこで後ろを見ると顔がない」と調子よく答える。リーダーが言ったのはローマ帝国に関する政治ネタで、カガが言ったのは落語の怪談噺だ。意味はまるで通じ合っていないが、ワハハハハと豪快に笑い肩を叩きあう。ここまでで一ネタ。単なる恒例行事だ。


 客室にCA+旅客が合計十二名、コクピットにクルー二名+一名、しめて十五名がトパーズに収まった。満員御礼だ。乗降口をロックし、出港準備に戻る。カイナガが右手の親指を立てて「いつでも行けるぜ」と合図した。


「エイトコントロール、JS1213Cトパーズ、リクエスト・プッシュバック」

「JS1213Cトパーズ、エイトコントロール、プッシュバック・アプローブド」


 埠頭から押し出され、ISS-8とゆっくり距離をとる。展開したイオンスラスターが青く明滅し、船体を航路に向けていく。


「本日はJSD日本宇宙開発『トパーズ号』にご乗船いただき誠にありがとうございます。機長を務めます私はカガ、メインパイロットはカイナガ、客席ではニカイドウとタナカの両名がお手伝いいたします。寄港地はノヴォコサキスクおよびローレル、目的地ISS-6への到着はUTCで明朝10時頃を予定しております──」


 *


 オートパイロットに移行してすぐ、カイナガは「ちょい30分くらい休むわ」と言って、ユーティリティに向かった。その疲れた様子を見て、カガは事情も質問せずに「アイ・ハブ・コントロール」と受けた。エンジニア席のアイが少し心配そうに見送る。


 *


 ここ二、三日トラブル続きだ。精神的、肉体的に疲労は限界を超えている。ここはユーティリティ脇の仮眠室だ。間違いない。ハンモックにくるまる。照明を消そう。食事をとり仮眠もした。だが、芯の部分がズーンと重い。目をつぶる。パイレーツとかモモカぶん投げ作戦で、貨客船には無茶な高機動をしたしな。ああ。嫌なことを思い出した……。顔をしかめる。だが気絶するように眠りに落ちていく──


 なつかしい機体に乗っている。これは一式宙域練習機TS-1だ。いくらプロトタイプとはいえ、いつ見ても格好悪い。そもそも機じゃなく艇だろう。

 コクピット・液体酸素・LNG。丸を三つ並べて後ろに三角ノズル。串団子とバカにされても仕方ねぇ。最悪のデザインだね。

 これで空間宇宙軍を名乗ろうなぞ、ちゃんちゃらおかしいぜ。やっぱ空軍に戻ってF-6に乗れるだけ乗るって方がいいかもな。

 つか、あのTS-1はオレじゃねぇな。そうだ、オレはここにいるんだから当たり前だ。あの102は"ペッカー"木津中尉さまだ。しかし期待のホープは迷走中。空と宇宙じゃ勝手が違うってな。ほれ見ろ。さっそく回りはじめやがった。無様だねぇ。

「木津中尉、立てなおせ!」

 あーもう逆だよ逆、じれってぇなぁ。それ以上エンジンふかしたら、あさっての方へ吹っ飛んじまう。そうじゃなくてよ、反転して減速しろっつーの。ああ"ペッカー"だから前へ突っつきっぱなしってか。木津のきつつき、バカらしい。

 つか、おいおいおいおい、笑えねぇな。

「機位を失うぞ!」

 後席のやつはなにしてる。ああ、オレがココにいるんだから後席は誰もいねぇのか。そういや単独飛行の初日だったな。教官なしで飛ぼうなぞ十年早いってわけだ。

 地上宇宙軍のバックアップは──ないか。ちょうど裏側だったな。月に隠れて地球から見えねぇところでやるからこうなる。あーこりゃ空間識なくしてんな。やべぇ。誰か助けろよって、オレしかいねぇ。

「くそっ! 木津中尉、待ってろ!」

 おーおー、オレが行ったよ。格好良いねぇ。これが海永空軍大尉のラストフライトだ。いいねぇ、格好良いねぇ……。


 ……ほれ見ろ、怒られた。でもオレが悪いって気はしねぇよな。ドジッたのは木津だ。オレじゃねぇ。しかも木津は生きてんだから、十分じゃねぇか。なんの文句があるってんだ。

「自分は納得いきません!」

 まったくだ。オレも納得いかねぇ。空間宇宙軍をつくるっていうから訓練しにきたんだろうが。地上宇宙軍ってんじゃ話が違う。せめて空軍に戻せよ。オレは一生ずっと操縦屋なんだ。

「私も納得できません」

 あぁ? なんで森大尉が出てきた。関係ないじゃん。亜衣ちゃんは黙っててよ。

「地上宇宙軍は、まだ空軍高射部隊です。強史くんと一緒になるのは困ります」

 はぁ? いや考えなかったわけじゃねぇが、だから良いとか悪いとかいう話とは違うってぇの。だいたいだな。おまえの専門は通信じゃん。それにしょっちゅう宇宙に出てきてるでしょ。ボクがキミと一緒にやるなら空間宇宙軍だよ。約束したもん。


 ドーン!


 背中になにか当たったぞ、なんだ。

「あたしもなっとくいかなーい!」

 も、桃香、おまえなにしてる!!


 ──カイナガは飛び起きた。


 途中まではいつもの夢だった。何度も何度も何度も、繰り返し見せられる嫌な過去。半分覚醒して夢だと自覚しているのに止められない。

 だが、最後のはなんだ。なんで、あいつらが出てきた。

 時計を見ると、まだ10分も経っていない。背中に軽い痛みがある。ハンモックのなかで暴れて、自分でぶつけたのか。


(ちっくしょう、なんだってんだ……)


 文句を言いながら起きるが、頭の芯にあった重さは──不思議と消えていた。不快な感じはしない。もう一度寝なおすのは難しいと判断してハンモックから出る。


(ほんとに、どうなってんだ?)


 もう一度繰り返して、仮眠室のドアを開けた。


 *


 ノヴォコサキスクは「新しきコサックの街」という意味だ。

 ここを宇宙開発の尖兵にしようという、連邦の決意さえ感じられる不穏な命名だが、実態は農業衛星だから、はっきりいって名前負けしている。しかも主要産品はヒマワリというかわいさだ。ただし低重力を良いことにやたら巨大化する品種で、花は通常の三倍くらいになる。そのため月周辺宙域に供給される食用油の半分以上は、連邦産のヒマワリ油が占めている状況だ。


 それにしても、ここのヒマワリにしろ大月温泉で穫れる水産物にしろ、せっかく環境にとらわれない衛星なのに、なんとなく本国の名産品と近いものを作ってしまうのがおもしろい。これは人のサガというものだろう。


 ロシア人作業員たちはここで降りていった。あんなゴツい身体でヒマワリ栽培に励むのかと思うと、少しもったいない気もする。見た目からして明らかにパイレーツ向きだ。

 そして観光客の七人組も降りた。一時間ほど寄港するだけだし、行ってもヒマワリしかないと教えているのに、せっかくだからとゾロゾロ連れ立って行った。CAたちも一緒だから大丈夫だろう。


 しばしの休憩に、コクピットの雰囲気が少しゆるむ。


 アイが気を利かせてユーティリティからドリンクを持ってきた。まずカガに渡す。パイナップルジュースだ。栽培が簡単で比較的安価だから、宙域でよく飲まれている。糖分があり適度な酸味でおいしい。

 そのままパイロット席に飛んでいってカイナガにも渡す。


 渡しながら「ねぇツヨシくん、パイレーツと交戦したんだって?」と聞いた。


 おそらく質問するほうが主目的だろう。ジュースは会話のきっかけだ。


「おお、ギッタンギッタンにしてやったぜ!」

「またウソばっかり」上を指差し「取られちゃったんでしょ、ファランクス」

「取られたんじゃねぇ。作戦上『切り離した』んだ」

「なくしたなら同じことじゃない……。たしかトパーズが載せてる唯一の武装だったわよね。こんなときに丸腰で大丈夫なの?」

「こんなときって──あれか。大月で聞いたけどパイレーツ出没中とかいう?」

「そうよ、高射部隊でも情報はキャッチして、できるだけ追ってるわ」

「そういや空軍ではどこが怪しいと思ってん……いや、一緒に答え合わせするか? せーの」

「「月の裏!」」


 少し言葉足らずでも幼なじみ同士は質問の意味が通じている。


「やっぱり……。ねえ、次の『ローレル』って、もしかして裏にいる?」

「はずれ。到着時にちょうど表に回ってくるところだ。なにしろオレたちにはきつね様がついてるからな」


 それを聞いていたカガが船長席で吹き出す。


「……なんだよ船長、感じ悪りぃぞ」

「ごめんごめん。パイレーツの話に興味があったのに突然きつねが出てきたから」


 カガもパイロット席に寄ってくる。


「きつねって何のお話ですか」アイはカガにはいつも丁寧語で話す。

「「こっちのはなし」です」二人でハモったあとにカガだけ「です」を付けた。「それよりモリ大尉、パイレーツのことで空軍がつかんでいる情報を教えてもらえませんか──もちろん言える範囲で構いませんが」

「それが、実は空軍にも大した情報がありません。ステルス船も月の裏も、担当してる高射部隊には不得意分野なんです。むしろトパーズさんの方が、直接交戦したぶん詳しいくらいかもしれません」

「強かったよなぁミラージュ……」

「え、戦った相手ってミラージュなの!?」アイは思わずカイナガの肩をつかむ。

「なんだ、知らなかったのかよ」

「いえゴメンなさい……。ツヨシくんがパイレーツに襲われたのもびっくりしたけど、その直後の『キャプテン・カイナガがエイトで着船に失敗した』って話の方がインパクト強くて。ISS-8に渡る船でも話題、というか爆笑だったのよ」

「ざけやがって! あとキャプテン・カイナガはやめろ!」


 船長もキャプテンだが、多くの国では空軍大尉もキャプテンと呼ぶ。カイナガは、キャプテン(船長)ではないくせに、キャプテン(元大尉)の「キャプテン・カイナガ」として、各地の港でいじられている。


「だって、ひっくり返ったんでしょ。私も見たかったわ」と、カイナガを突っついてからカガに向き直る。「相手がミラージュとは思ってもみませんでした。"ビグディー"ビグドゥは強敵と聞いています。よくぞご無事で……さすがです」

「オレの活躍だっつーの……」


 針の穴を通すような神業の機動を「ひっくり返った」と断じられてカイナガは悔しがっている。真相を話せないのが辛いところだ。


「しかし、交戦の直後ここにいるのは、気持ちの良いものではありませんね」

「どうしてでしょう」

「ミラージュの背後には連邦がいると聞いていますので」

「マジかよ!」


 三人の視線は自然とディスプレイに映るノヴォコサキスクに向く。たしかに交戦宙域からもそれなりに近い位置にあるし、連邦の領土だが──いくらなんでも同時に入港しているなんて偶然はないだろう。カガは顔だけ大真面目にして言う。


「ここにいるなら"ビグディー"ビグドゥは元コサックかもしれませんね」

「では、このなかで踊ってたりするんでしょうか」

「……ったく、んなわけねーだろ!!」


 アハハハハ──などと雑談で盛り上がっているうちに出港時刻が近付いた。


 観光客の七人組が、手に袋ををぶら下げて戻ってきたので、いちおうカガが出迎える。聞かずとも袋の中身はわかっている。わざわざここで買わなくとも地球で買えばいいのに──とは、おくびにも出さずに笑顔を浮かべた。


 例の老婦人が、袋を手渡そうとする。カガは「ノーサンクス」と英語で断った。しかし、亀の甲より年の功。


「出発のとき日本語でアナウンスしてたじゃろうが」

「……」


 袋を押し付けて去っていく。

 なんと、カガはヒマワリの種を手に入れた!

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