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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
4話.環境保護団体ASN職員、サハル・オザイ
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過激派

「さあ来なさい……」


 三次元レーダーを見つめる瞳は、正義感に燃えていた。レッツG改め「たくみ」を表すプロットは、確実に近付いている。しかも他の船は近くに見あたらない。これは、ライバルを出し抜いて、先回りに成功したということだ。サハルは自らの勝利を確信した。


 サハル・オザイの本業はフリーのジャーナリストだ。やや褐色の肌、タイトなスーツに真っ赤なマフラー。自立した女性を象徴する自己表現として、髪は短く刈り揃えている。

 これまでも、女性や子供、障碍者、難民・移民からLGBTまで、社会的弱者を守るためなら、集会でも紛争地でもどこにでも行った。現地でしか得られない真実を取材し、ありのままの姿を報道することで、世界は変えられると信じていたからだ。

 各国政府や政治家には嫌われている自覚があるし、時には一般人から批判を受けたり、誹謗中傷を浴びることもある。しかし、それは正義の行いに対する反発なのだと割り切っていた。

 その証拠に全面的にバックアップしてくれる人たちもいる。いま環境保護団体ASN(アジア・スペース・ネットワーク)職員として宇宙にいるのも、導いてくれる人がいたからだ。


 はじめ彼らは匿名で打診してきたが、サハルが興味を示すとすぐに直接会う機会が設けられた。指定された場所に来たのは、男女の二人組で「あなたの活動に賛同している者だ」と言い、それぞれASNの名刺を出して朝鮮風の名前を名乗った。

 攻撃型の人工衛星が打ち上げられようとしていること、その政府は技術試験衛星だとシラを切っていること、このままでは宇宙が汚染されてしまうこと……一般人には隠されている情報まで懇切丁寧に教えてくれた。

 さらに「もし希望するなら」と前置きしたうえで、現地つまり宇宙に行く気はあるかと尋ねた。真実を報道するジャーナリストが必要だが、乗ってもらうのは一人だけで十分だという。しかし、何人かに声をかけたものの、危険だと尻込みする人が多くて困っている──などという裏話まで気さくに打ち明けてくれた。サハルは二人のウソ偽りのない姿勢に感動し、自分が行くと即答して、二人と握手をかわした。


 いま乗っている「ヘイロン」はASNの持ち船ではなく、スポンサーから提供されたものと聞いていた。しかし、乗船後にわかったのは、この船はいわゆるパイレーツ船だということだ。そして、おそらく共和国の息がかかっている。

 だが目的を果たすためなら小事に構ってはいられない。彼らがプロフェッショナルな仕事をするかどうかが大事なのだ。じっさいヘイロンの乗員は、いったん楕円軌道に入った「たくみ」が最も速度を落とすポイント、すなわち月の裏側の遠月点を正確に予想していた。しかも「たくみ」の詳しい図面まで持っていて、関連する通信もほとんど傍受できているようだった。彼らの情報収集能力にはジャーナリストとしても舌を巻く。


 乗員がサハルに「船外活動の準備をするように」と伝えに来た。いよいよその時がきたと気が引き締まる。少し心残りなのは、自分を撮るカメラマンがいないことだった。フリーのジャーナリストにとって、有名になることは活動を続けるうえで重要なことなのだ。映像素材を局に売るギャラも違ってくるし、講演会で資金を集める際も集客力が上がる。

 せっかくの、政府の陰謀が絡んだ巨悪に勝利する瞬間、しかも宇宙空間から生中継という一世一代の見せ場に、自分の顔が映らないのは残念なことだった。


 乗員の一人に手伝ってもらいながら、船外活動服を付けていく。

 それにしても、こういう人々と、「たくみ」の無力化という目的を共有できたのはありがたいことだ。正確にいえば、彼らが狙っているのは水タンクと推進剤らしい。どちらも宇宙で動くために欠かせない物資で、奪取した後は共和国へ渡す手はずになっているようだ。それ自体は決して賛成できる行為ではないが、自分たち市民が大きな悪に勝利するためなら、時にこういった手段も必要だろう。

「たくみ」から水タンクと推進剤を奪ってしまえば、水道管につながっていない蛇口も同然。これで十分に目的を果たせる。誰も傷つけるわけではないし、むしろそれを未然に防ぐのだから、心ある人は理解してくれるだろう。いや、誤解を招かないように、そのあたりの事情は伏せておくべきかもしれない。わかりやすく伝えるのも、責任あるジャーナリストの仕事だ。


 ヘイロンは「たくみ」との接触軌道に乗った。予想通りの位置に、予想通りの速度で来たのだから、万が一にも取り逃すことはない。さらに有利なのは、接触地点が月の裏側だということだ。この位置では地球上の各管制施設から直接監視することができない。おそらく中継衛星を使って細々としたテレメトリーが送られている程度だろう。ステルスタイプのパイレーツ船に気付く可能性もないはずだ。余裕しゃくしゃくといった様子で、大胆に接近していく。


「キャプチャアーム・オープン」

「接舷迄、残二百」

「姿勢制御系、無問題」

「目標外形走査、図面一致、無異常」

「接舷迄、残一百」

「キャプチャ・システム・オート」

「接舷迄、残五十」

「各自、備衝撃」


 ギュイィーン、ドン!


「キャプチャード。スラスターオフ」


 エアロックで緊張しながら待機していたサハルが拍子抜けするほど小さな衝撃だった。すぐにグリーンランプが点灯し、コクピットから「ミス・サハル。船外活動どうぞ」と通信が入った。

 交渉の結果、先に出て映像を撮らせてもらうことになっている。ヘイロンの作業員が出てしまうと「泥棒をしている現場」が映ってしまうからだ。まずはキレイな画を押さえておきたい。命綱となるテザーを確かめてエアロックから飛び出していく。カメラを構えてファインダーを覗いていれば、どんな戦場でも恐怖を感じることはない。それは現場が宇宙でも同じことだった。


 無重力を漂いながらヘイロンから離れていくと、だいたいの様子がわかってきた。「たくみ」はヘイロンよりひと回り小さく、上からのしかかるようなアームで抑え込まれている。


 サハルは(政府が隠していた悪事が、いま私たち市民の手によって暴かれたのです!)と心のなかでナレーションを付けてみる。いやいや、これはラストの方に持ってこよう。はじめは冷静に(いまご覧いただいているのは技術試験衛星とされているものです)くらいから始めるべきだろう。そう、まずはじっくりと公式スペックを紹介したあとで、鼻先に付いている凶悪な兵器の正体……を……?


 目の前で起きている状況を、サハルは理解することができなかった。火花が散ったような光が見え、気が付くと「たくみ」の鼻先に付いていたパーツが、クルクルとスピンしながら離れていく。そのわずか後には、ヘイロンから小さな物体が一つ二つと打ち出され、青い炎を出して急速に飛んでいった。カメラで追ったが、どちらも見えなくなって、ヘイロンにアングルを戻す。

 ──そのとき、大きな光が見えたような気がした。


 *


 地上の報道は【文科省の試験衛星にテロ攻撃!!】といった見出しが主流だった。一部の専門家は「映像を解析すると、あらかじめメインユニットをキックモーターで打ち出している。つまり残った補給ユニット以降は自ら指令破壊した可能性がある」などと述べたが、小難しい話と受け取られ、お茶の間での理解は得られなかった。

 それより視聴者をひきつけたのは、間近で撮られた映像の圧倒的な迫力だ。「たくみ」の推進剤タンクが木っ端みじんに破裂し、有人機で酸素が豊富なヘイロンの誘爆を引き起こす。そして炎のようなものが見えたところで途切れる。この映像は繰り返し流され、おおむね「怖いわねー」という無意味な感想に収束した。

 映像にはASN提供というクレジットが入ったが、誰が撮ったのか興味を持たれることはなかった。

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