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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
4話.環境保護団体ASN職員、サハル・オザイ
19/59

天敵

 入港したトパーズは事後処理に忙殺され、ISS-8に上陸するヒマもなかった。ショックアブソーバにぶつけた件で実況見分を受け、パイレーツと交戦した件で事情聴取を受け、スラスターの点検で整備員がアリのように群がるなか、カガとカイナガは交替で仮眠をとった。

 あっという間に時が過ぎ、次の出港時刻になってしまう。すでに貨物の積み込みも済み、あとは旅客の搭乗を待つだけだ。つかの間のゆったりした時間が訪れた。

 カイナガはパイロット席の下に取り付けたきつねの御守に指先で触れる。モモカが置いていったものだ。


 *


「ふふ~ん、カ・イ・ナ・ガ・くん」

「くん、だぁ?」


 侵入作戦の開始直前で、最終調整に余念のないカイナガは、目も合わせずに答えた。

 モモカは船外作業服を着て、もう準備完了といった風情だ。本人はテザーにつかまっていればいいだけだと気楽にしている。実はモモカの緊張をほぐそうと、カガが「つかまっているだけです」と言い含めたのだが、それを素直に受け止めたようだった。

 その代わり段取りをつける周囲が苦労することになる。カガは元ファランクスにテザーを取り付けるため船外に出ていた。


「さっきトパーズさんが言ってたけどさあ」無理やりカイナガの視界に入ろうとしてくる。「あたしのこと、気に入ってるんだって~?」

「んなわけねーだろ、バカらしい」


 ことさらぶっきらぼうに答え視線をそらす。いかにも作業で忙しいというように振る舞うが、耳まで真っ赤になっている。


「でもAIは嘘をつけないでしょう?」

「嘘はつかないが、機械だって間違えることはあるさ」

「ほんとうに~?」

「本当だ」

「ふ~ん。まあいいけどさ」きつねの御守を取り出す。「これあげようと思って」


 カイナガは一瞥して視線をコンソールパネルに戻す。


「せっかく買ったんだろ。おまえが持っとけ」

「御守なら別のをもらったんだよ」クルリと背を向け「ほらほら見てみて」


 船外作業服の背中に、トパーズのシールが貼ってある。乗船記念として旅客に配っているものだ。カガの本名が「加賀友理」と達筆でサインされている。


「カイナガも書いて」

「オレはいいよ」

「チームトパーズの証なんだから、書かなきゃダメ」

「ったく面倒くせぇな……ペン貸せよ」

「やった!」青い油性ペンを差し出す。


 浮いているモモカを左手でつかみ、膝に抱き寄せて固定した。モモカは背中を預けて小さく丸まりジッとしている。(なんか妙な感じだな……)と思いつつ、しっかりとした太い字で「海永強史」と署名した。最後の払いがやたらと長い。終わったぞ、と手を離してモモカを浮かべる。


「ありがと、ありがと。あたしもどっかにサインしちゃおうかな」

「イタズラ書きしたら許さねぇぞ」

「冗談じょーだん。これを残していくからさ」


 きつねの御守をパイロット席のパイプ部分に無理やり取り付けようとする。


「おいコラ、やめろ!」

「まあまー、今度からはコレをあたしだと思ってかわいがってよ」

「楊枝で刺すか」

「なんでよ!」


 *


(ヘンな奴だったな……)思い出して微苦笑する。

 それを知ってか知らずか、名簿をめくっていたカガが呼んだ。


「カイナガ、物思いにふけっているところ申し訳ないが大変だ」

「どうした船長」

「おまえの天敵が来るぞ」ココに、と床を指す。

「は! オレは無敵だから、そんなもんはいない……ぜ……」


 突然コクピット後方に人が現れた。カイナガが口を開いたまま固まる。様子に気付いてカガが振り返るが、その目の前をツーっと通り過ぎていく。パイロット席のシートをつかみ、カイナガの正面に浮かび直した。


「ツヨシくん、またバカな話でもしてた?」

「あ……アイ」


 森亜衣と海永強史は幼なじみだ。

 幼稚園から中学校まで同じところに通い、そのうち半分くらいはクラスも同じ。高校から分かれたものの、カイナガは卒業後に航空学生を経て空軍パイロットに、アイは防衛大学校から空軍に入り、結局また一緒になったという腐れ縁だ。

 ただし、似ているのは書類上の経歴だけで、それ以外は正反対といってよかった。

 例を挙げれば、いつも猫背でだらしない格好をしていることが多いカイナガに対し、アイは背筋が伸びた姿勢を常に維持している。まるで背中に鉄棒が入っているかのようだ。アップにまとめた黒髪は制帽にきっちりと収め、空軍大尉の制服にはシワひとつない。一事が万事この調子。元クラスメートとはいえ学級委員長と問題児。その関係はいまも変わらないのだ。


 アイはカガに向き直り、ビシっと敬礼をくれる。そして、よく通るアルトで告げた。


「カガ船長。一般客席が満席のため、JSDのご厚意によりコクピット席を融通していただきました。ISS-6(シックス)までよろしくお願いいたします」

「モリ大尉。こちらこそよろしくお願いします。シートはそこの、エンジニア席を使ってください」


 左手を伸ばして指し示した。前方のパイロット席、後方の船長席は、直線的な前後の位置にあり、エンジニア席は左の壁際に沿って設置されている──昨日までモモカが好んで座っていた場所だ。

 半官半民のJSDは官のワガママに弱い。そのため、こうやって乗客をねじ込んでくることは珍しくなかったが、モモカのぬくもりが残っていそうな席に、別の女性を座らせることには若干の抵抗を感じた。しかし、客として乗り込んできたものを、床に座らせておくわけにもいかない。


「それでは私は乗客の出迎えにいってきます」


 いたたまれない気持ちになってカガは逃げ出した。

 逃げ遅れたカイナガは、アイと二人でコクピットに取り残される。自分に向けられたアイの笑顔に恐怖した。


 *


 増築を繰り返したISS-8には、存在を忘れられた場所がある。建築当時は作業員の休憩所として使われていた閉鎖給湯室もその一つだ。閉鎖といっても鍵がかかっているわけでもないし、設備は生きている。誰もこんな奥まで茶を飲みに来ないというだけだ。

 今ではせいぜい年に一回の設備点検で人が来る程度の場所。そこに小柄な女性が入っていく。色味を抑えた地味なスーツで、まるで就職活動をしている学生のようだ。

 片隅にある古い通信機の前に立った。

 これは、作業員が地球に残した家族と会話するために設置されたものだ。わずかな休憩時間に、水分補給をしながらでも、家族と連絡をとりたいという、いじらしさを感じる。「五分まで」と書かれた貼り紙は、少し端がめくれあがっていた。

 あくまでプライベート目的で使うものだから、どこからも通信は傍受されていない。これは当時からの設定で、テロ対策が強化された後も、そのままになっている。通信の秘密を厳守したかったのか、単に更新を忘れていただけか、理由はわからない。

 二枚のカードから一枚を選び、個人認証のポートに差し込んだ。

 手元に残っているのは学生証。いま使ったカードには五七の桐がデザインされていた。それは日本国政府、内閣府で使われている紋章だ。

 緑のランプが灯り、通信可能になったことを知らせる。

 表れた画面をタッチし、通信先の番号を打ち込んでいく。この古い通信機は「でんわ」というものらしい。実に単純な仕組みだが、これで必要十分だ。数コールの後に相手とつながった。


「遅かったな。心配したぞ」

「いやー本気で追いかけられちゃって、まくのに苦労したよ」

「いまは安全なんだな」

「大丈夫だいじょーぶ。身分も元に戻した」

「では、さっそくだが例の連中はどうだ」

「使えると思うよ。腕は確かだし度胸も良かった」

「なにか問題になりそうな点は」

「性格かな。ちょっとエロい」

「な、なにかされたのか!」それまでの渋い声が裏返った。

「大したことじゃないよ。逆に弱点を利用できると思う」

「そうか……。他に変わったことはあったか」

「そうね~。あぁメロンってのを食べた。びっくりするほどおいしかった」

「……余計なものを口にするな。標準食だけ食べていなさい」不機嫌そうだ。

「他にもいろいろ。『上』って楽しいね。クセになりそう」

「今回だけの約束だ。仕事が終わったら早く戻ってくるんだ」

「わかってるよ」

「おまえは特別なんだ。自覚してくれ」

「りょーかい」

「いまステーションホテルに宿泊記録を作った。北棟の『楓の間』に行け。部屋で待っていれば客もじきに来る」

「かえでのま、ね。は~い」


 通信機を切って「べー」と舌を出す。メロンひとつで露骨に不機嫌になるようでは、なにがあったか正直に話したら烈火のごとく怒り出すだろう。また病室に閉じ込められて、しばらく出してもらえなくなるかもしれない。だが、まずは目先の仕事を完結させなければ。映画を見て覚えたスパイ・モードに切り替える。


 閉鎖給湯室からスルリと抜け出した。壁にピッタリとくっついて横歩きで進んでいく。客観的に見れば、怪しいことこのうえない動きだった。

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