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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
4話.環境保護団体ASN職員、サハル・オザイ
18/59

バイバイ

「JS1213Cトパーズ、エイトコントロール、クリアトゥアプローチ」

「トパーズ、クリアトゥアプローチ」


 ISS-8の埠頭にポートサイドを向けて、トパーズがゆっくりと近付いていく。接近速度は毎秒1メートルを少し割るくらい。だいたい人が歩くほどの速さだ。展開したイオンスラスターが明滅して細かく姿勢制御をしている。エアロックのハッチが、太陽光を反射してキラッと光った。


 グラッ


 なにも問題がないように見えたが、突如トパーズの姿勢が乱れ、左にロールをはじめる。コックピット内に、ポーン・ポーン・ポーンと警告音が鳴った。


「緊急コール、エイト管制塔へ、こちらJS1213Cトパーズ」

「トパーズへ、交信可能」

「スラスターの調子がおかしい。パイレーツと戦ったときに傷めたようだ」

「交戦した話は聞いている。貴艦の希望は」

「磁気アンカーの使用許可をくれ」

「了解した」

「それとショックアブソーバの準備を頼む」

「すぐに展開する」そこまで緊急公務らしい口調。その後は友人口調に変わった。「けどよ、カイナガ、本当にぶつけんなよ?」


 トパーズからアンカーが打ち出された。すぐに磁気で引き合い、ラッパ状に広がったキャッチャに収まる。これで、埠頭から離れて漂い出す心配はなくなった。しかし、今度はアンカーを支点に大きく振り子運動をはじめてしまう。


「おいカイナガ、それ止められないのか……って、ぶつかる、ぶつかる!」

「ダメだ。悪りぃ、いったんぶつかるぞ!」


 速度が遅いため衝撃は少ない。とはいえ、左にロールしたまま、ショックアブソーバに吸い込まれるような形で「ゴッ……」と衝突したのだから無事でもない。カイナガも左につんのめるように身体が傾く。


 同時に──船外で待機していたモモカが、衝突の勢いを利用して飛び出した。


 *


 空気も壁も重力も、なにもない空間に浮かぶ。わずかに手で細いテザーをつかんでいるだけだ。とたんに心細くなる。距離感がわからない。どちらに進んでいるのかわからない。ドキドキドキドキと自分の鼓動が聞こえる。早く、短く、鳴り続ける警報のようだ。心臓が飛び出してきそう──こわい。


「……モカさん、モモカさん、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だいじょーぶ。思ったよりへーき!」モモカは強がった。

「もうすぐテザーが伸び切ります。気をつけ……あっ」

「おっけー……て、きゃ!」


 伸び切ったテザーがビンっと張る。

 その衝撃は思ったより強く、手がテザーから離れた。

「モモカ!」カガが叫ぶ。


 宇宙空間に投げ出された。

 マズい、マズい、マズい。

 頭が真っ白になる。身体がクルクルとまわる。

 衛星と地球と月が、左から右、下から上へと流れていくのが見える。

 傾いたトパーズも見える。あの中にカガとカイナガがいる。たすけて。

 足になにかが当たった。

 目の前に、下から細いものが漂ってくる……なんだっけこれ。


「ヒモつかんだ!」

「気をつけてください、モモカさん!!」

「へへへ、ごめんこめん」

「……ふぅ。外壁が近付いています。エアロックが見えますか?」

「んと……あるある。下のほう!」

「こちらでも見てますが、場所を教えてくださいね」


 カガはディスプレイを最大望遠にして様子を見守った。手元には、元「ファランクス」の操作パネルが広げてある。テザーの根元をファランクスの基部に残ったモーターに巻き付けてあるのだ。これを使えば多少の操縦ができる。モモカがテザーに触れていれば有線通信も可能だ。


「んー、ちょっと引っ張ってもらったほうがいいかも」


 カガがモーターを回してテザーを少し巻き取る。トパーズの計算ではピッタリの位置に着くはずだったが、一度手を離したのでズレたのかもしれない。


「もうちょい、もうちょい」

「本当ですか?」


 さらに巻き取る。ディスプレイ上で、モモカとエアロックは目と鼻の先だ。


「届きそう、いけそう……あ、あれ!?」

「どうしました」

「通り過ぎちゃった!」


 モモカがエアロックの手前を通過していく。円運動の目測を誤り、引っ張りすぎたのだ。テザーは引っ張ることはできても、押し出すことはできない。


「あー……」

「作戦失敗です! 撤収するからつかまって!」

「……待って!」

「もう元には戻せません!」

「待って!!」


 ディスプレイに映るモモカは、なにかを狙っているように見える──。「ラッタルだ」とカガは理解した。エアロックから出た人が作業しやすいよう、周辺には梯子が付いている。それをつかもうということだろう。しかし、ラッタルはエアロックより小さい。


「モモカさん、弾かれたら終わりですからね」

「作用と反作用」

「そう、ワンチャンスです」


 手が届かない所をラッタルが通過していくのを、モモカは見送る。

 次……。ギリギリ届く。でも失敗したら弾かれて終わり。やめておく。

 次……。いけそう。でも、この次ならもっといいかも。完璧を期す。

 次……。あ……これ近付きすぎたってことね。あはははひゃあぁぁ


 ベチャ


 ラッタルをつかむというより、顔からぶつかった。

 ジタバタしながら、なんとかしがみつく。


「着いた!」

「それ……大丈夫なんですか、モモカさん?」

「ちょっとぶつけた」

「ほらもう……まずフックかけて。絶対に離さないように」

「うん。できた」

「この後はわかりますね。あわてずゆっくり」

「だいじょぶ大丈夫!」

「それから、エアロック開けるときは飛ばされないようにし……」

「……ありがとね、カガ船長」

「ああ、こちらこ……そ?」

「バイバイ!」


 プツっと通信が切れた。

 モモカがトパーズとつながるテザーを離したのだ。


「あ、ちょっと……」


 なにかを期待していたわけではないが、モモカのあっさりした別れように、カガは少し拍子抜けした。ヘッドセットを外してディスプレイを見つめる。


(ありがとねって、それだけですか)


 画面にいるモモカは、うんしょうんしょとラッタルを登っていた。


(キミがいるあいだ、けっこう大変でしたけど……まあいいでしょう)


 エアロック脇の開放スイッチを押した。言いつけ通りすぐに頭を引っ込める。


(そうそう、エアに飛ばされないように)


 ハンドルを回そうと踏ん張るが、重さに苦労しているようだ。


(がんばれ、がんばれ、あと少し)


 なんとか開けて身体を飛び込ませる。

 いったん消えたあと、ひょっこり出てきてブンブン手を振り、また消えた。


(……バイバイ、モモカ)


 *


「おーい、カガ船長」


 カイナガの声で我に返る。


「はい、なんでしょう」

「そっち終わったのか」

「ええ、無事にエアロックに入れたようです。手を振ってました」

「なんだそりゃ。まあいいや、それならテザー巻き取っちゃってよ」

「了解です。すぐに」元ファランクスのモーター音が響く。

「おし、じゃあ行くか。トパーズ、通常運行に戻してくれ」

「承知しまシタ。割り込みプログラム解除。入港モードに移行しマス」


 カイナガがISS-8の管制と通信を回復させる。


「悪りぃわりぃ、通信機までいかれちまって」

「だから、ぶつけんなって言ったろうに!」

「いやぁすまん。だが災い転じてなんとやら。代わりにスラスターが直ったぜ」

「お前の船は叩いたら直る電化製品か!」

「まーまあ。いったん離れるからナビよろしく」

「ったく、しゃーねーなぁ」


 カイナガとISS-8管制官の、もはや管制とは思えないやり取りを聞きながら、カガは「ふぅ……」と息をつく。シートにもたれかかると、ヒヤッと冷たい。それではじめて、自分の背中が冷汗でビッショリ濡れていることに気が付いた。

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