チーム
そうと決めたなら、どうやってモモカを降ろすか検討しなければならない。テロの標的にもなりやすいISS-8に侵入するのは、決して簡単ではないはずだ。
まず、生身の人間が入るなら、エアのある場所が最低条件になる。つまり、乗員・乗客が通るボーディングブリッジ経由か、予圧貨物を積み降ろす貨物ゲート経由のいずれかだ。
予断を持たずに考えようと、ボーディングブリッジ経由から考えはじめる。当然のことながら、普通に下船するのは無理だ。
「急病人だといってウヤムヤのうちに運び入れる」
「パニック演出ですか……。パイレーツ戦は相手が少人数でしたから、一時的にエアポケットを作ることができましたが、人の目が多いISS-8では難しいでしょうね。二重三重チェックのなかで、きっと誰かが気付く。第一、病室に運ばれた後に身元がバレれば即拘束です。却下」
「んじゃ、変装して潜り込む!」
「トパーズに存在しないはずの人に変装しても無意味ですよ。誰に化けますか?」
「んー、とりあえずカイナガ?」
「背格好が違いすぎるでしょう」
「それに胸囲はオレのほうがあるし……な……!」
言い終わらないうちにモモカが殴りかかり、カイナガは脱兎のように逃げ出した。壁から床、床から天井へと追いかけっこの空中戦がはじまる。
いずれにしろ、ボーディングブリッジ経由は難しいだろう。大月温泉は半ば観光地だから乗降チェックは甘かった。しかし、ISS-8はテロ対策として常時厳重な警戒体制が敷かれている。それに、出るより入るほうが圧倒的に難しいのだ。
「となると、予圧貨物のゲート周辺から入る方法でしょうか」
「あたしなら実績もあるしね!」
空中戦から戻ってきたモモカが大威張りで答える。コリンズで予圧貨物に潜り込み(?)、密航に成功したことを言っているのだろう。一方、カイナガは額を押さえながら空中で悶絶している。パイレーツ戦でコンソールにぶつけたところを攻撃されたらしい。えげつないことをするものだ。
「問題は『質量チェック』を通り抜ける方法です。貨物コンテナに隠れても、質量で60kgの差があれば、中に『なにか余計なもの』が入っているのはバレバレです」
「ふふ~ん、それはね……」
「できませんヨ」
モモカの言葉を、トパーズがさえぎった。突然の発言に、空中のカイナガを含め全員が反応する。聞かれてもいないことに口をはさむのは、AIとして非常に珍しいことだ。
「コリンズ基地のように、質量チェックの外で貨物に乗降することは不可能デス。ISS-8の予圧貨物ゲートは、質量チェックの外に点検口や非常口がありまセン」
モモカは「あちゃー」という顔をしているが、カガたちには意味不明だ。
「トパーズ、ではコリンズではなにが可能なのか、もう一度説明してください」
「コリンズ基地の予圧部は質量チェックの外に非常口がありマス。これを悪用して外で待っていれば、確認済みのコンテナに、後から乗り込むことが可能デス」
「モモカさん、そうなんですか?」
無言で目をそらす。これはもう「正解です」と言っているのと同じだ。
「なんだトパーズ、はじめから知ってたってことかよ」
「いいえ。状況と経緯を分析したことによる論理的な帰結デス」
「コリンズに非常口があって、こっちにない理由は?」
「単純にコリンズ基地は古いからデス。最近は管理防衛上の理由から予圧部の外部非常口が廃止され、質量チェックを通過しないと行けないようになっていマス」
「なるほどな。質量チェックの前でコンテナを降りても、非常口や点検口がないから入れねぇ。唯一のルートは質量チェック通過だが、人間が飛んでりゃバレバレってわけだ」
「……つまり、侵入するのは事実上不可能ということですね」
早くも行き詰まり──。密航者モモカを発見した当初から検討し、うすうす気付いていたことだが、ISS-8に「コッソリと」入るのは物理的に無理があり、非現実的なのだ。クルー二人の間に気まずい空気が流れる。
再び沈黙を破ったのはトパーズだった。今日のトパーズは妙に饒舌だ。
「モモカさんに関連する、本船すべてのデータから出した代替案がありマス」
「……聞かせてください、トパーズ」
「モモカさんを」AIのくせに間をおく。「降ろさないことが最適な選択肢デス」
「いや、それは話の方向性が違うのでは?」
「ちゃぶ台返しじゃねーか」
「そうでしょうカ。すでに確認した通り、旅客がISS-8に無断侵入することは不可能デス。あえて強行しようとすれば拘束される可能性が極めて高く、モモカさんは犯罪者として裁かれマス」
「だから、そこをなんとか回避しようってことじゃねぇか」
「回避不能と判断したための代替案デス。それにお二人とも、本心ではモモカさんをISS-8に降ろすことにリスクを感じていマス。これはポリグラフの分析により明白デス」
「勝手に人間さまの心を読んでんじゃねぇ!」
「いえ、このまま連れていくべきだと気付いていマス。特にカイナガ操縦士はモモカさんのことを、ことのほか気に入って……」
「ばばば、ばっかじゃねぇの!」いきなり名指しされて取り乱す。「死ね!」
「カガ船長も……」
「巻き込まないでください!」
ドSモードAIになったトパーズがさらに続けようとするところに、モモカが割って入った。
「ちょっと待って、トパーズさん!」
「どうしました、モモカさん」
「さっき、あたしに関する『すべてのデータ』って言ったわよね?」
「密航以降に確認できたことのみですが、そうデス」
「このデータは入ってるのかしら?」ランドセルを手繰り寄せる。「ジャン!」
「それ、やたらゴツいけど通学用のカバン……なんだろ?」
「ふふ~ん、見せてあげるよ」
ロックを外してシールをはがすと、埋め込まれた計器類が表れた。フタを開けて中に入っていたものを取り出す。コンパクトに折り畳まれていた部品を展開すると、手・足・ヘルメットの形になった。箱状のランドセル本体を胴体としてカチッとはめ込み工具で締める──いわゆる宇宙服ができあがった。
「どうかしら」
「それ……船外作業服、だったんですね」
「非常用だけどね」
「そんなもん、どっからかっぱらってきた」
「自分用だってば。一人一台が月の常識よ」
「そんなの聞いたことねぇけど……おい、まさか」
「そのとおりよ!」腰に片手をあててビシッとあさっての方向を指差す。「空気のあるとこから入れないのはわかったわ。じゃあ、空気のないとこから入ればいいじゃない!」
「ま、待ってください。素人が真空中に出るなんて船外服があっても危険です」
「ちょっと、あたし月の子よ。これ着て外に出るなんて慣れてるし『嵐の大洋』なんて散歩コースなんだから」
「うそつけ! まあ……百歩譲って、月星人だから真空中に出るのは平気だとしよう。だが、この船に乗るまで無重力の経験はほぼゼロだな」
「まーそうね」
「じゃあ、ガス推進器なんか危なくって使わせらんねぇな。ってことは、外に出たところで前にも後ろにも進めねぇ。このコクピットみたいに壁を蹴って進むわけにはいかねぇんだ。なんせ外に出りゃ壁自体がねぇ。どうする?」
「そこは──なんとか助けなさいよ!」
「肝心のところが他力本願じゃねぇか!」
ギャイギャイ
また言い合いをはじめた二人を放っておき、カガはサインをトパーズに送ってプライベート通信を要求した。
(トパーズ、どう判断しますか?)
(不確定要素が多いため確実ではありまセンが……)
しばらく話し込む。カガの眉間にシワが寄り、苦悩しているのがわかる。いったん目をつぶり、しばらく気持ちを落ち着かせてから、ゆっくりと目を開けた。
「わかりました」
カイナガとモモカが言い合いを中断して注目する。
「モモカさん。ISS-8の非常用エアロックを開放すると、おそらく警報が出て警備員が駆けつけます。どうしますか?」
「ダッシュで逃げる!」
「捕まるかもしれませんし、そのとき……私たちは助けられません」
「逃げ切ってみせるわよ!」両手を頭にかざし耳をつくった。月の子兎。
「カイナガ。生命を」と言って、カイナガを向いたまま目線だけモモカにやる。この人のという意味だ。「優先する場合、トパーズにもリスクがあります。最悪の場合も考えられますが、賛成できますか」
「成功率は?」カガとトパーズが話していたことに気付いている。
「不確定なので」数字は言わないことにした。「三人の頑張りしだいです」
「三人の頑張り、ねぇ」
モモカが漂ってきて、左手でカガの、右手でカイナガの手をつかむ。
「大丈夫だよ。このチームなら」
「『チーム』だぁ?」
「まだ二回目だけど、きっとうまくいく」
「そういえば、パイレーツにも勝ちましたね」
「カガせんちょとカイナガと」それぞれの顔を見た。そして前を見て「トパーズさんとあたし。四人のチームは無敵だよ」
「そっか、トパーズ入れて四人ね」カイナガが笑う。
「いまだ負けなしです」
1勝0敗だから間違いではない。
モモカが「それでは……」と言いだしたので、あわてたカイナガは手を離そうとする。この体制からなにをしようとしているのか察したのだ。カガが(あきらめて)とウインクしたので、いったん肩を落として(了解)と覚悟を決めた。中途半端がいちばん恥ずかしいと、いっそ大声で叫ぶつもりだ。モモカが音頭を取る。
「チーム・トパァ~ズ、ファイ!」
「「「オォー!!!」」」