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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
3話.閉鎖生態試験場・嘱託職員、根津源太
12/59

虚偽

 仲良くなったというほどでもないが、モモカはカイナガとそれなりに上手くやっていた。客室にいても暇なのだろう、コクピットに入り浸ってあれこれ質問しては「すごーい!」とか「ほんとに?」とか、いちいち声を上げている。クルクルと表情が変わる様子は猫を想わせる。

 犬は一宿一飯の恩義を忘れないと聞くが、猫だって餌付けされる個体はいる。餃子とブリトーでなついてくれるなら安いものだ。


 だが、オートパイロット中で余裕があるカイナガと違い、カガは事務処理に追われていた。宙域航行中にパイレーツと交戦したのだから、関係機関に連絡をとりつつ公式記録も残さなければならない。航行に支障がないとはいえファランクスも失った。こちらは会社に装備喪失届と始末書の提出が必要だ。「シーっ」と合図を送ると、二人は声のトーンを落としてコショコショと話しはじめた。


 幸か不幸か、出発地も交戦宙域もコリンズの管轄であり、その間に交信したのはロディだけだった。こいつ一人を相手に真面目な話をするのと、数か所にいる多数の関係者をとりまとめるのと、どちらがマシかは判断が分かれるところだろう。

 音声に加え、映像も見られる通常回線で接続する。コリンズ出発以来、なんだかんだでロディの顔を見ていなかった。密航だパイレーツだと色々あったため、この間抜け面も妙に懐かしい気がしてしまう。


「ちょっとは落ち着いたぁ?」

「おかげさまで。船体チェックは終了、クルーも食事をとれました」

「何よりだねぇ。ちなみに今日のボクのランチは……」


 さえぎる。


「それから、航宙局に遭難信号の解除要請、警察局と海事機構にパイレーツ通報、3S指揮所長にも謝罪しておきました」

「さっすが働き者だねぇ」

「それで、そちらの進捗はいかがですか」

「……ん?」

「管制司令に報告書を出してくれるはずですよ」

「……んー?」


 あやしい。


「まさか、まだ終わってないんですか?」

「それがさぁ、添付する映像データがないんだよねぇ」

「『蹴り出されて』中継が切れたあとの後半?」

「いや、最初から全部」

「ミラージュとそっちで通信してた前半も?」

「そう。録画スイッチ入れ忘れちゃった。てへっ」


 口でてへっと言った。悪びれる様子もない。


 カガは片手を額にあてて下を向き、やれやれと呆れたように首を振る──が、口元はにやけていた。悪い笑み。心の中では「イェッス!」とガッツポーズをしているくらいだ。


 実のところトパーズのクルーは、密航者・モモカの存在を報告するタイミングを完全に失っていた。思い返せば、発見と同時に即通報していればよかったのだ。しかし、密航を許した責任問題を恐れるあまり問題を先送りした。

 そのうえパイレーツ戦でも、いちおう公務員であるロディと、モモカは同じシーンに存在しないという作戦を立ててしまった。無意識だったとはいえ、意図的に隠し立てしたと追求されると弁明しにくい。もはや言い出すこともできない状況に追い込まれていたのだ。

 いったん隠蔽を始めると、次々と辻つま合わせが繰り返される。そして、知らない、記憶にないと言い逃れを図る。いつの世にもあることだ。

 しかし、映像として動かぬ証拠が残っている場合もある。たとえば、ロディが蹴り出されカイナガが入ってくるコマに、実は「小脇に抱えられたモモカが映り込んでいる(!)」といったケースだ。正確にはミラージュ側のディスプレイに反射しているだけだが、見つかるのは時間の問題だろうと危惧していた。ここまで引っ張ったうえにバレたら、減給か、停職か、はたまた懲戒解雇か。


 ところが、ここに救う神がいた。


 その映像データは残っていないと神は言う。それならば、トパーズにあるデータを切り貼りして問題のない映像を作ればいい。どうせ、この神は頭のスイッチも入っていないのだ。細かいところまでは覚えていないだろう。


 カガは両手を広げて、恩着せがましく言った。


「まったく仕方ありませんね。こちらで用意して送りますよ」

「やった! 助かるなぁ」

「おそらく3時間くらいで届けられると思います」

「待ってるよぉ」


 映像を編集する時間を見込んで3時間と伝えたが、ロディ神は時間のことなど気にされなかったようだ。


「それでは後ほど……」

「あ、そうそう例の件だけどさぁ」

「例の件とは?」

「ほら。打ち上げ時に60kg重かったやつ」


 脈絡なく話が飛んだ。思わぬ不意打ちに、どう答えるか言い淀んでいると、返事も待たずにベラベラと喋りはじめる。


「追加料金2千ドルって言ったけど、アレなしでいいや。もともと冗談だし、今回のでチャラっつーか急加速でブッ飛ぶのは見てて楽しかったし、ボクが」

「あぁ……そうですか、ありがとう」

「まぁまぁ、いいって。困った時はお互いさま。ボクにやらせりゃ、あの程度の加速なんて余裕だもん。実際『たった60kgなんて誤差』みたいなもんだよぉ」

(ちょっと待て。なにを言いだした? モモカに聞かれる! やめろ!)

「でも、初めにバッチリ決めといて良かったわぁ。ミラージュ相手にバンバンふかしても、まだ予備がありそうだもんなぁ。初期加速しなくても余裕で行けたっぽいけど、これなら『推進剤がたっぷり』あまって釣りがきそう」

(そこで聞いてる! やめてくれ!)

「あ、なんか司令に呼ばれてるみたい。んじゃ映像よろしくねぇ」


 一方的かつ勝手に喋り終えると、唐突に通信が切れた。


「ちょっと待っ……」


 すでに何も映っていない通信ディスプレイは暗転し、カガは反射している自分の顔を見つめた。左後方に気配を感じているが、振り返ることもできない。ただ正面にある自分の顔を見つめ続ける。

 やがて、もう一つの顔が黒いディスプレイにユラリと表れた。その反射像は次第に大きくなり、近付いてくるのがわかる。ピッグテールが揺れる。そして、左肩の後ろから顔を出すと、ディスプレイ越しに見つめながら言った。


「たった60kgなんて誤差……? 推進剤がたっぷり……?」


 カガは前言撤回し、やはり神はいないようだと結論付けた。


 *


 クルー二人は正座させられていた。


「よーするに二人して、あたしを騙してたんでしょ!」

「申し訳ございません」

「ロクマンメートルとかも、ぜーんぶ嘘ね!」

「本当に申し訳次第もございません」


 敬語である。平謝りである。


 実は「ぜーんぶ嘘」ではなく、密航者に対する航宙法あたりは本当なのだが、もう投棄を実行する気はない。むしろ、犯人隠避や証拠捏造に加担する共犯者になりつつある。いまさら事を大きくされると困るため、まずは怒りを静めてもらうのが先だと、あえて下手に出ているのだ。


「それに服まで、ぬ、脱が……取っちゃって!」


 やっぱり、その単語は恥ずかしくて言えないらしい。


「カイナガさん、お持ちして」

「かしこまりました」


 最大速度で予圧貨物室に飛んでいき、すぐに戻ってくる。その手には、制服等を入れた収納袋だけではなく、ゴツいランドセルも提げていた。


「どうぞ」

「捨てたんじゃ……なかったの?」

「お荷物も『コレ大事』との仰せでしたので」

「……ふんっ」


 顔を背けるが、すべて保管してあったというのがサプライズだったのだろう。少し口元が緩みかけてしまう。なんとか頑張って「あたし怒ってるんです感」を取り戻してから、モモカなりに精一杯の命令口調で言った。


「もう、あたしを絶対に騙しちゃダメよ!」

「はい!」

「ちゃんと連れてってよ!」

「承知しました」

「……じゃあ、今回はこれで許してあげる」


 開放されるのかと、二人は顔を上げたが、そういうことではないようだ。もう許したではなく、これから受ける制裁の後に許すという意味での「これで」らしい。不良用語なら拳骨を握りながら「コイツで勘弁してやるよ」といったところだ。

 シーツの帯を締めなおしてから、船長席のシートをつかみ「そこへ直れ」というように正面の空中を指し示す。自分を固定しておいてから相手をブッ飛ばす。はやくも無重力格闘の基本をマスターしたようだ。

 まずカイナガが浮いて出る。しかし、しょせん小娘が相手とみて余裕の表情だ。カガに向かって(ヤレヤレ……)と肩をすくめてみせた──スキに、モモカが躊躇なく打ち込んだ。


 モモカ・パーンチ!!


 カイナガの顔がウソのようにひしゃげた。

 身体が回転しながら飛び、ユーティリティ側の壁にぶつかって跳ね返る。

 帰ってきた腹にグーでもう一発入れた。


「作用と反作用よ!」


 その物理用語の使い方に誤解はないのか、カガは心配になった。

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