B級グルメ
モモカは客室に引きこもった。
一度ならず、二度までもひどい目にあわされたのだから気持ちはわかる。特に先ほどの仕打ちは、理不尽と思えるものだった。
確かに、1回目は自分にも悪いところがあったと認めている。そもそも密航という罪を犯しているのだから仕方がない。むしろ、航宙法にしたがって船外投棄されるところを、必死の命乞いで助けてもらったのだ。その過程で起きたことだと、受け入れるつもりはある。
しかし、2回目の公開スカートめくりはなんだ。トパーズのクルーが見たわけではないとはいえ、なぜ髭面のパイレーツたちに見せつける必要がある。もし録画されていて、腹いせにネット公開でもされたら、月世界みんなの笑いものだ。
「……どうしてくれるのよ」
そう言ってモモカがにらむ先には、カガが困り顔で座っている。
引きこもったといっても客室に鍵がかけられるわけではない。トパーズのクルーは出入り自由なのだから、入ろうと思えば入ってこれてしまう。
カガが入ってきたのは、もう1時間以上前のことだった。まったく目を合わせようとしないモモカから、座席を一つ間において座り、ひたすら待ち続けていたのだ。
「やっと口を開いてくれて、ありがとう」
「お礼なんて、いわれる覚えない!」
またプイッと横を向いてしまうモモカに、優しく微笑みかける。得意の「きったねーの!」フェイスだ。
「いいえ。モモカさんの役割は大きかったんですよ。本当にありがとう」
そう丁寧に頭を下げられると、つい興味が出てしまう。
「あたし、何かした?」
「それはもう、モモカさんにしかできないことでした。時間に余裕がなかったので、事前にお話できませんでしたが……」
そう言って、説明を始めた。
まず必要なのは、時間と油断だった。カガが船外作業服に着替えて外に出るための時間と、与しやすい相手だと「あえて舐めさせる」ことだ。その点でロディという男はうってつけだった。なにしろ演技の必要がない。素の状態でバカにされる体質なのだから。
彼には、ただ「イオンスタスターを切りたいと伝える」という単純なミッションを与えた。それだけでよかった。じっさい勝手に余計なことをベラベラと喋って時間を稼ぎ、勝手に敵を油断させてくれたのだから。さらにイオンスラスターの停止にも成功した。
その間にカガは船外に出た。灯が消えたミラージュのスラスターに取り付いたら、カイナガとモモカの出番だ。
まず、カイナガの飛び蹴りに合わせて映像上のロディを飛ばし、中継をコリンズからトパーズ船内に切り替える。背景はどちらも宇宙空間なので大きな違和感はないが、合成映像に気付かれないよう、念のためノイズでごまかした。
「ここからが重要でした」と、カガがモモカの隣に座りなおす。
必要なのは、連続した衝撃と混乱、そして大きな音だった。カガが行った細工は、ミラージュの船体に対して、直接行わなければならない。その作業が完了するまでは、不審な物音やデータに気付かれてはいけないのだ。
そこで、美人(カガはモモカを指さしながら『ビ・ジ・ン』と強調した)を登場させ、彼らの注目を集める。
「じっさい彼らは目を離せなくなりました」
「ちょっと……注目されたの、そのタイミングだった?」
「もちろん、そうでしょう」
(なお、ここから先の説明は、なぜかカガが少しだけ早口になった)
そこまでいけば成功したも同じ。美人に注目している間に作業を進めればいい。ただ、どうしても『キャップ』を取り付けるときには音が出てしまうため、そのタイミングで大きな音を響かせなければならない。しかし、そこさえクリアすれば、カガが船内に帰るわずかな時間稼ぎをすれば作戦完了だ。
「わたしは、大きな音と少しの時間稼ぎ、と言っただけなんですが……ね?」
しかし、ジーっと見つめるモモカの瞳に耐えかね、わずかに視線をそらした。
「とにかく、ありがとうございます」
「ふーん……」
「モモカさんの活躍で助かったんですよ」
「ふーん……」
コンコン、と壁をノックする音。
「……ふーん」
いつ来たのか、カイナガが客室の隅にいた。
「大きな音と少しの時間稼ぎ、と言った『だけ』ねぇ」
(いや……あれは)
「自分は関係なしってか」
(……例を挙げただけで、本当にやるとは)
「まぁいいぜ。オレもモモカには褒美をやろうと思ってたとこだ」
「なによ褒美って言い草は」
事の次第はともかく、めくった張本人を許したわけではない──が、
「密航者でも仕事したやつは食っていい。ハラ減ったろ? メシにするぞ」
その言葉を聞いたモモカは、瞬時に席を立って空中に飛び出した。
*
「メキシコ料理と中華があるけど、どっちにする?」
「ん? ……じゃぁメキシコ!?」
「よし、ちょっと待ってな」
待つこと1分。チンと音が鳴った気がする。戻ったカイナガは長さ15cmほどのパッケージを放り投げた。
「なにこれ?」
「豪華メキシコ料理」
いぶかしげにパッケージを開くと、小麦色がかった棒のようなものが入っているだけだ。改めてパッケージを見返してみると、
【おいしい!】ブリトー【メキシカン!】
という文字が踊っている。
これじゃない……と不満な顔を浮かべてカイナガをにらむが、ニヤニヤしているだけだ。よく見ればカイナガも、またカガも同じようなパッケージを持っている。
【おいしい!】餃子【中華風!】
決してモモカをからかっているわけでも、いじめているわけでもなく、本当にメニューがこれしかないのだ。
「食ってみなって。見た目より美味いぞ」
大丈夫だというように、カイナガが半透明の皮に包まれた『餃子』を一つ口に放り込む。仕方なく、モモカもブーっとした顔のまま一口かじってみるが──思わず
「……おいしい」
と言ってしまった。一転ニコニコとパクつく姿を見て、カイナガが爆笑する。
「だろ?」
「お腹も空いていますしね」
「まぁ、絶対『ブリトー』じゃねぇけどな」
食事は人間生活の基本だ。
特に月周辺基地や宇宙船といった閉鎖空間では、食に関するストレスから思わぬイザコザに発展することもある。そこで、いわゆる宇宙食に関する研究開発は、非常に早い段階から積極的に進められてきた。
実際もっとも充実していたのは、宇宙開発初期の21世紀初頭だったという。なんと小国家をしのぐ規模の予算で、地球産の豊富な食材を調理し、いちいちロケットで打ち上げていたというのだから贅沢な話だ。どんな大富豪向けグルメマンガだって「ロケットで産地直送だ!」なんて描いたら「現実味がない」と読者に叩かれるだろうに、正真正銘それが史実だから恐ろしい。
しかし、月周辺圏の経済的な独立が求められている今は違う。乏しい材料をやりくりし、叡智と工夫そして少しの我慢をもって、なんとか成り立たせているのだ。
こんな『ブリトー』でさえ、ここに至るまで多くの努力が積み重ねられている。原材料の生産も、加工調理も、すべてが技術の結晶だ。たとえ──地上の『ブリトー』とは似ても似つかないものだとしても。実は『餃子』と原材料が一緒で、味付けと形が違うだけだとしても。
「おいしいけど、外がネバっとして中がドロドロ」
「皮がモチモチ、中がトロトロと言え!」
「無重力で飛び散らないための、モチモチとトロミですけど……」
「……それはそれで悪くねぇよな!」
「じゃあ、そっちの『餃子』も食べてみたーい!」
繰り返すが、食事は人間生活の基本だ。
贅沢な食事をめぐってケンカになることもある。逆に、どんな貧相な食事でも、分け合って美味しく食べれば、人間関係が良くなることだってある。
先ほどまで険悪なムードだった三人も、投げた餃子を口でキャッチしあって、ケラケラと盛り上がっている。