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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
2話.文部科学省事務次官、安藤勝之進
10/59

B級グルメ

 モモカは客室に引きこもった。


 一度ならず、二度までもひどい目にあわされたのだから気持ちはわかる。特に先ほどの仕打ちは、理不尽と思えるものだった。

 確かに、1回目は自分にも悪いところがあったと認めている。そもそも密航という罪を犯しているのだから仕方がない。むしろ、航宙法にしたがって船外投棄されるところを、必死の命乞いで助けてもらったのだ。その過程で起きたことだと、受け入れるつもりはある。

 しかし、2回目の公開スカートめくりはなんだ。トパーズのクルーが見たわけではないとはいえ、なぜ髭面のパイレーツたちに見せつける必要がある。もし録画されていて、腹いせにネット公開でもされたら、月世界みんなの笑いものだ。


「……どうしてくれるのよ」


 そう言ってモモカがにらむ先には、カガが困り顔で座っている。


 引きこもったといっても客室に鍵がかけられるわけではない。トパーズのクルーは出入り自由なのだから、入ろうと思えば入ってこれてしまう。

 カガが入ってきたのは、もう1時間以上前のことだった。まったく目を合わせようとしないモモカから、座席を一つ間において座り、ひたすら待ち続けていたのだ。


「やっと口を開いてくれて、ありがとう」

「お礼なんて、いわれる覚えない!」


 またプイッと横を向いてしまうモモカに、優しく微笑みかける。得意の「きったねーの!」フェイスだ。


「いいえ。モモカさんの役割は大きかったんですよ。本当にありがとう」


 そう丁寧に頭を下げられると、つい興味が出てしまう。


「あたし、何かした?」

「それはもう、モモカさんにしかできないことでした。時間に余裕がなかったので、事前にお話できませんでしたが……」


 そう言って、説明を始めた。


 まず必要なのは、時間と油断だった。カガが船外作業服に着替えて外に出るための時間と、与しやすい相手だと「あえて舐めさせる」ことだ。その点でロディという男はうってつけだった。なにしろ演技の必要がない。素の状態でバカにされる体質なのだから。

 彼には、ただ「イオンスタスターを切りたいと伝える」という単純なミッションを与えた。それだけでよかった。じっさい勝手に余計なことをベラベラと喋って時間を稼ぎ、勝手に敵を油断させてくれたのだから。さらにイオンスラスターの停止にも成功した。

 その間にカガは船外に出た。灯が消えたミラージュのスラスターに取り付いたら、カイナガとモモカの出番だ。

 まず、カイナガの飛び蹴りに合わせて映像上のロディを飛ばし、中継をコリンズからトパーズ船内に切り替える。背景はどちらも宇宙空間なので大きな違和感はないが、合成映像に気付かれないよう、念のためノイズでごまかした。


「ここからが重要でした」と、カガがモモカの隣に座りなおす。


 必要なのは、連続した衝撃と混乱、そして大きな音だった。カガが行った細工は、ミラージュの船体に対して、直接行わなければならない。その作業が完了するまでは、不審な物音やデータに気付かれてはいけないのだ。

 そこで、美人(カガはモモカを指さしながら『ビ・ジ・ン』と強調した)を登場させ、彼らの注目を集める。


「じっさい彼らは目を離せなくなりました」

「ちょっと……注目されたの、そのタイミングだった?」

「もちろん、そうでしょう」


(なお、ここから先の説明は、なぜかカガが少しだけ早口になった)

 そこまでいけば成功したも同じ。美人に注目している間に作業を進めればいい。ただ、どうしても『キャップ』を取り付けるときには音が出てしまうため、そのタイミングで大きな音を響かせなければならない。しかし、そこさえクリアすれば、カガが船内に帰るわずかな時間稼ぎをすれば作戦完了だ。


「わたしは、大きな音と少しの時間稼ぎ、と言っただけなんですが……ね?」


 しかし、ジーっと見つめるモモカの瞳に耐えかね、わずかに視線をそらした。


「とにかく、ありがとうございます」

「ふーん……」

「モモカさんの活躍で助かったんですよ」

「ふーん……」


 コンコン、と壁をノックする音。


「……ふーん」


 いつ来たのか、カイナガが客室の隅にいた。


「大きな音と少しの時間稼ぎ、と言った『だけ』ねぇ」

(いや……あれは)

「自分は関係なしってか」

(……例を挙げただけで、本当にやるとは)

「まぁいいぜ。オレもモモカには褒美をやろうと思ってたとこだ」

「なによ褒美って言い草は」


 事の次第はともかく、めくった張本人を許したわけではない──が、


「密航者でも仕事したやつは食っていい。ハラ減ったろ? メシにするぞ」


 その言葉を聞いたモモカは、瞬時に席を立って空中に飛び出した。


 *


「メキシコ料理と中華があるけど、どっちにする?」

「ん? ……じゃぁメキシコ!?」

「よし、ちょっと待ってな」


 待つこと1分。チンと音が鳴った気がする。戻ったカイナガは長さ15cmほどのパッケージを放り投げた。


「なにこれ?」

「豪華メキシコ料理」


 いぶかしげにパッケージを開くと、小麦色がかった棒のようなものが入っているだけだ。改めてパッケージを見返してみると、


【おいしい!】ブリトー【メキシカン!】


 という文字が踊っている。


 これじゃない……と不満な顔を浮かべてカイナガをにらむが、ニヤニヤしているだけだ。よく見ればカイナガも、またカガも同じようなパッケージを持っている。


【おいしい!】餃子【中華風!】


 決してモモカをからかっているわけでも、いじめているわけでもなく、本当にメニューがこれしかないのだ。


「食ってみなって。見た目より美味いぞ」


 大丈夫だというように、カイナガが半透明の皮に包まれた『餃子』を一つ口に放り込む。仕方なく、モモカもブーっとした顔のまま一口かじってみるが──思わず


「……おいしい」


 と言ってしまった。一転ニコニコとパクつく姿を見て、カイナガが爆笑する。


「だろ?」

「お腹も空いていますしね」

「まぁ、絶対『ブリトー』じゃねぇけどな」


 食事は人間生活の基本だ。

 特に月周辺基地や宇宙船といった閉鎖空間では、食に関するストレスから思わぬイザコザに発展することもある。そこで、いわゆる宇宙食に関する研究開発は、非常に早い段階から積極的に進められてきた。

 実際もっとも充実していたのは、宇宙開発初期の21世紀初頭だったという。なんと小国家をしのぐ規模の予算で、地球産の豊富な食材を調理し、いちいちロケットで打ち上げていたというのだから贅沢な話だ。どんな大富豪向けグルメマンガだって「ロケットで産地直送だ!」なんて描いたら「現実味がない」と読者に叩かれるだろうに、正真正銘それが史実だから恐ろしい。

 しかし、月周辺圏の経済的な独立が求められている今は違う。乏しい材料をやりくりし、叡智と工夫そして少しの我慢をもって、なんとか成り立たせているのだ。

 こんな『ブリトー』でさえ、ここに至るまで多くの努力が積み重ねられている。原材料の生産も、加工調理も、すべてが技術の結晶だ。たとえ──地上の『ブリトー』とは似ても似つかないものだとしても。実は『餃子』と原材料が一緒で、味付けと形が違うだけだとしても。


「おいしいけど、外がネバっとして中がドロドロ」

「皮がモチモチ、中がトロトロと言え!」

「無重力で飛び散らないための、モチモチとトロミですけど……」

「……それはそれで悪くねぇよな!」

「じゃあ、そっちの『餃子』も食べてみたーい!」


 繰り返すが、食事は人間生活の基本だ。

 贅沢な食事をめぐってケンカになることもある。逆に、どんな貧相な食事でも、分け合って美味しく食べれば、人間関係が良くなることだってある。

 先ほどまで険悪なムードだった三人も、投げた餃子を口でキャッチしあって、ケラケラと盛り上がっている。

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