その31の6『右か左の話』
知恵ちゃんはピザが嫌いなわけではないので、おやきの中身がチーズとトマトソースになっても構わないのですが、どちらかといえばチョコ味が食べたいようです。飲み物が出てこなかったストローの一件もあり、最悪の場合は本当に両方とも消えてしまうのではないかと考え、知恵ちゃんのおやき選びも慎重になってしまいます。
「むむ……」
おやきの入った箱を回して、別の方向からヒントを探ります。すると、おやきの片方だけに赤いソースがついているのを発見しました。すぐにソースのついていない方へ手をのばそうとしますが、ふと思いとどまって知恵ちゃんは亜理紗ちゃんが食べているピザおやきに目を向けます。
「これは、アリサちゃんのやつからはみ出たケチャップかもしれない」
「すぐに横にあったから、多分そう」
危うく騙されるところだった知恵ちゃんは、おやきの箱の前に正座して落ち着きを取り戻しました。あとは、どう見ても2つのおやきに違いはありません。その時、知恵ちゃんは名案とばかりに亜理紗ちゃんに言いました。
「私が触るとズルになるから、代わりに割って中を見てちょうだい」
「ちーちゃんって……一休さんなの?」
追い込まれると変に頭が回る知恵ちゃんに感心はするものの、心を鬼にした亜理紗ちゃんは代わりにおやきを割ってはあげません。難しい顔でおやきの前にいた知恵ちゃんでしたが、最後の手段とばかりにポケットからメモ紙を取り出しました。
「これを使うしかない……」
「なにそれ?」
「佐藤さんの運のパワーが入ったメモ」
「ちーちゃんがチョコを食べた過ぎる……」
いつもは少し苦手にしている凛ちゃんのパワーを借りてでも、知恵ちゃんがチョコおやきが食べたい様子です。メモ紙を頭の上に乗せたまま、知恵ちゃんは2つのおやきを交互に指さします。
「どちらにしようかな……」
「ちーちゃん。神様の力まで使ってチョコを……」
「神様の言う通り」
凛ちゃんと神様の力まで使って選び、知恵ちゃんは左のおやきを取る事に決めました。おやきが逃げないように、そっと指先で持ち上げます。それなりに重みはあり、でも持っただけでは中身は解りません。知恵ちゃんが1つを選ぶと、もう1つのおやきは霧が晴れるようにして消えてしまいました。
「……」
親指に力を入れて、知恵ちゃんがおやきを割ります。そして、中の入っている物を確かめると、知恵ちゃんは目を細めながら言いました。
「ピザだー……」
「ちーちゃん……」
「……いただきます」
中身がチョコではなかった事実に肩を落としながらも、知恵ちゃんはピザ味のおやきを口へと運びます。その中で、知恵ちゃんは先ほどのテレビでやっていた占いを思い出しました。
「佐藤さん……星座占いだと1位だけど、テレビの占いだと最下位だったし……」
「りんりんのせいにした……」
知恵ちゃんの運試しは残念な結果に終わりましたが、ピザのおやきは予想に反して美味しく、食べている内に元気になってきました。すでに亜理紗ちゃんは食べ終わっていて、小さな口でおやきを食べている知恵ちゃんを見つめています。
「これ、おいしいから私は好きなんだ」
「うん……」
そうして2人がおやきを食べていると、部屋のトビラをノックする音が聞こえてきました。知恵ちゃんが「はい」と声を返します。知恵ちゃんのお母さんが顔をのぞかせました。
「お母さん。買い物に行ってくるから……知恵、それ……なに味?」
「ピザ」
「……お母さんがもらった箱にチョコ味とかあったから、夜にお父さんと分けて食べるといいよ。じゃあ、買い物に行ってくるからね」
「うん。行ってらっしゃい」
お母さんの話を聞いて、知恵ちゃんは嬉しそうにお母さんに返事をします。そして、ジュースで口を潤すと、再びピザおやきの堪能へと戻りました。
「なんか、よかったね……ちーちゃん」
「うん」
その32へ続く






