その31の4『右か左の話』
自室の勉強机にランドセルを下ろし、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんの家へと急ぎました。すでに亜理紗ちゃんは自分の家の前で待っており、その手にはお母さんに預けられたであろう小さな紙袋を持たされています。
「アリサちゃん。なにそれ?」
「おやき、お母さんが持って行ってって」
「おやきって、電話機?」
「丸いおかし」
知恵ちゃんは今川焼や大判焼きは知っていましたが、おやきは知らなかったためにワイヤレス電話の親機と勘違いをしています。それを手土産にと亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの家へと向かい、リビングにて知恵ちゃんのお母さんにおやきの入った箱を1つ渡します。
「ありがとう。紙袋の中に、2人の分もあるの?」
「あります」
「あとでジュース持って行くから、部屋で遊んでてね」
紙袋にはもう1つ箱が入っていて、そちらにもおやきが入っています。それを自分たちの分として持ち、2人は2階にある知恵ちゃんの部屋へと上がりました。知恵ちゃんの部屋におやきの箱を置いて、手洗いをしに1階の洗面所へと戻ります。
「手を洗ってから上に行けばよかったんじゃないの?」
「お手洗いも借りたい……」
亜理紗ちゃんはお手洗いに入ってから2階へ戻るようで、知恵ちゃんは先に手あらいとうがいを済ませて自分の部屋へと戻ります。亜理紗ちゃんが来るのを部屋で待っていると、亜理紗ちゃんより先にお母さんがジュースを持って部屋へとやってきました。
「お母さん。もうちょっとしたら買い物に行くから、そしたらお留守番よろしくね」
「うん」
お母さんが部屋を出て、行き違いで亜理紗ちゃんが部屋のドアをノックします。知恵ちゃんの「どうぞ」の声を待って部屋へと入ると、テーブルの上に置いてあるジュースの前に座りました。
「ところで、ちーちゃん」
「なに?」
「このジュース、なんのジュースなの?」
「なんだろう……」
亜理紗ちゃんに言われて初めて、知恵ちゃんはお母さんがジュースの名前を言っていなかったことを知りました。見た目は白い液体であり、ストローと一緒に透明なコップへと入れてあります。色の雰囲気は牛乳に似ています。
「牛乳じゃないの?」
「でも、ちーちゃんのお母さん、ジュース持って行くって言ってたし」
亜理紗ちゃんの中では最近、牛乳がジュースなのか論点になっているようで、知恵ちゃんのお母さんの発言とズレを感じています。しかし、飲んでみれば解ると考え直し、2人はジュースのストローへと口を運びました。そして、ふと知恵ちゃんはストローの口が変なことに気づきます。
「あれ……」
「どうしたの?」
「ストローの吸うところが……2つあるんだけど」
「……ほんとだ」
知恵ちゃんの持っているコップにささっているストローだけ、吸い口が2つに分かれています。どちらへ口をつければいいのか、知恵ちゃんがコップをクルクルさせながら迷っています。
「なにこれ……」
「……片方はハズレなんじゃないの?」
「え~……またなの?」
珍しいものを見たとばかり、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの横へ移動します。そして、ストローの口の片方を指さし、ちょっと恥ずかしそうにしつつも知恵ちゃんに言います。
「また、片っぽ、私が吸おうか?」
「……それに何の意味が」
その31の5へ続く






