その30の5『おるすばんの話』
亜理紗ちゃんが別の部屋を見に行った隙に、知恵ちゃんはタヌキの小人に囲まれてしまいました。あちらこちらの物陰から知恵ちゃんをうかがっていますが、タヌキの小人は知恵ちゃんを警戒して近づいてはきません。
「……」
ただ、台座にハメこまれているコインを取られたとしても、特に知恵ちゃんに困ることはありません。知恵ちゃんはコインを渡してしまおうと考え、ゆっくり後ずさりつつ台座から離れます。ですが、さっき亜理紗ちゃんにはコインを見張っているよう頼まれたのを思い出しました。
「……や……やっぱりダメ。取らないで」
知恵ちゃんが台座の前に立ち、手を広げてタヌキの小人が近づかないようお願いします。タヌキの小人は暗闇で目を光らせながらも、相談をするようにミャッミャと声を発しています。そして、小人は1人2人と、少しずつ照明の灯りの元へと姿を現しました。
小人は1人ずつ毛並みや背の高さが違います。でも、どの小人も知恵ちゃんのヒザ下くらいしか背丈はなく、手に持っているものも武器ではなくて、ビンの栓抜きのようなものでした。
「これ、アリサちゃんの。取っちゃダメだよ」
次第に別の部屋からも小人は集まり始め、もう数えきれないくらいの人数が部屋にそろっています。知恵ちゃんにコインを取らないよう言われても、諦めるに諦めないといった様子でタヌキの小人は知恵ちゃんを見つめていました。
「ちーちゃん!ダメだ!もう、そこのコインしか残ってない!」
亜理紗ちゃんが大声を出しながら、知恵ちゃんのいる部屋へと戻ってきました。それを知り、タヌキの小人たちはビックリして大慌てです。わらわらと走り出し、知恵ちゃんを押し流す勢いで台座へと走っていきます。
「すごいタヌキ!ちーちゃん。どうしたの?」
「ふええ……」
もさもさとした小人の毛が、知恵ちゃんの素足をかすめていきます。知恵ちゃんはくすぐったいような声を出しながら、タヌキの小人の進攻に立ち尽くしています。すぐに亜理紗ちゃんが知恵ちゃんの手を引いて、台座の傍から知恵ちゃんを連れ出しました。
「ちーちゃん。大丈夫?」
「う……うん。別に痛くも怖くもなかったけど」
知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは、大勢のタヌキの小人を見つめています。その時、チリンチリンチリンとベルの鳴るような音が聞こえてきました。それを耳にしたタヌキの小人は、コインを取るのも忘れてパタパタと走り、壁にあいている小さな穴へと駆け込んでいきます。
「アリサちゃん……部屋が変だよ」
「んんん?」
鳴り響くベルの音が近づくにつれて、2人がいる部屋が、ぼんやりと白みがかっていきます。つないでいる2人の手の感覚が薄れ、すとんと視界が真っ暗になります。目を開いた時にも、もう知恵ちゃんは自分の家のリビングへと戻っていました。
「知恵。寝てたの?」
「あ……お母さん」
自転車で出かけていったお母さんは家に帰っていて、その手にはビニール袋をさげています。犬のモモコも陽だまりの中でうずくまって、静かに寝息を立てていました。
「お菓子、もらってきたけど、知恵も食べる?」
「うん」
お土産の茶菓子をお皿に並べながら、知恵ちゃんのお母さんがヤカンでお湯をわかし始めました。知恵ちゃんはソファに寝そべったまま、手に持っているトランシーバーを見つめます。そして、それを持ったまま起き上がると、お母さんに言って家を出ていきました。
「すぐ戻るけど、アリサちゃんと話してくる」
知恵ちゃんは自分の家を出て、隣の家の前に立ちます。亜理紗ちゃんの家の前にも自転車が置かれていて、亜理紗ちゃんのお母さんも帰ってきているのが解ります。そこへ、亜理紗ちゃんも家から出てきました。
「あ、ちーちゃん」
「アリサちゃん……」
それぞれ手にはトランシーバーを持っていて、でもお互いに直接の声で話をします。そのまま家の前に立って、2人は自分たちの家を見つめます。
「ちーちゃんがいなかったら、コインは全部、取られてたかもしれない」
「取られても困らないけど……」
そう言って、2人は空を見上げました。亜理紗ちゃんの家の上には、雨も降っていないのに虹がかかっています。そのすぐ隣、知恵ちゃんの家の上には、タヌキの肉球のような形の丸い雲が、ぽっかりと跡を残すようにして浮かんでいました。
その31へ続く






