表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/367

その27の5『川下りの話』

 ゆっくり、ゆっくり、空が動いていきます。森が視界の中を動いていきます。川が流れ、水の揺れる音が耳の近くで聞こえます。紫と赤のグラデーションに星がまたたき、その中の幾つかは糸をひくように流されていきます。


 「……」


 眠っている亜理紗ちゃんの片手を握って、知恵ちゃんは深い呼吸で森のにおいを口に含みます。木々から散って落ちる葉は紺色に透き通っていて、ベッドへ落ちると同時に姿を消してしまいました。その内、森の中から音楽とは別の音色が響き、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんが被っているフトン越しに森を見つめます。


 幾重にも重なって生えている木の幹には穴が空いていて、穴の中からは様々な楽器の音が聞こえてきます。低くて長いバイオリンのような音、水を落としたように鳴る木琴の音、選らぶように一つ一つ砕けて届くピアノの音。それらを耳にして、亜理紗ちゃんは布団から頭を出しました。


 「……もう朝?」

 「まだ夜」

 「……どこ、ここ?」


 寝ぼけて奪い取っていた布団を知恵ちゃんの方へと戻しながら、亜理紗ちゃんは薄く開いた瞳をこすってベッドの周りを見回しました。アリサちゃんが体を起こして川上をうかがうと、そちらの方が川下と比較して暗くなっていました。辺りに浮いている霞が、川上の暗がりへと吸い込まれて消えていきます。


 「ちーちゃん。これ、どこに行くんだろう」

 「わかんない……」


 聞こえていた楽しげな歌が終わり、ゆったりとした静かな曲が始まります。その歌詞は、今日という日の終わりをかみしめるようでいて、夜空の星の向こうにある明日を見据えるように歌われています。ぼんやりと聞こえてくる歌を聞きながら、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは寝転がって空を見つめていました。


 映りゆく似たような景色の中で、わずかな違いを探しながら2人は川を下ります。さっきよりも星の数は少なくなり、それにともなって夜空の中にある無機質な模様が、ぼんやりと浮かび上がってきました。サーッと空の中を何かが流れていて、小さな波紋が現れては消えていきます。


 「ちーちゃん。まだ雨、降ってるかな」

 「どうかな」


 川には花が浮いていて、その中から雨の落ちる音が飛び出ます。花びらの色によって、それも少しずつ音が違い、屋根に当たるようなタンタンという音が最も多く聞こえました。森の奥から流れる歌、木々の合奏、花から零れる雨音。全てが重なり、夜の森を彩っています。


 「……ちーちゃん。橋だ」

 「どこ?」


 亜理紗ちゃんがベッドの流れ行く先を指さし、そちらに知恵ちゃんも目を向けます。木で出来た橋が川にかかっていて、その下をベッドはくぐり抜けていきます。ふと、その途中で川は流れを止めました。


 「……あそこ、ドアがある。ちょっと行ってくる」


 橋の下で止まったベッドの脇にはドアがあり、亜理紗ちゃんは裸足でフカフカの枯葉をふみながら陸地へと渡ります。ドアを開いて中を確かめると、その先は知恵ちゃんの家の廊下へと繋がっていました。


 「……ちーちゃん。ちょっと、お手洗い借りていい?」

 「えっ……うん。あ……」

 「……?」

 「……うん。大丈夫」


 亜理紗ちゃんがドアを開いて家へと戻り、知恵ちゃんはベッドから足だけおろして待っていました。亜理紗ちゃんが戻ってくると、今度は入れ替わりで知恵ちゃんが家へと帰っていきました。


                               その27の6へ続く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ