その27の3『川下りの話』
緑色に染まったお湯の水面を、2つの船のオモチャが泳いでいます。それを指で後押ししながら、亜理紗ちゃんはテレビ番組のナレーション風に語り始めます。
「日本のジャングルに来たアリサ隊長と、ちーちゃん」
「私はなんの役なの?」
「そこで見たものとは」
「なに?」
オモチャはネジが切れて動きを止めます。その船の近くに長い髪の毛が浮いているのを亜理紗ちゃんは見つけ、髪を人差し指に絡めて知恵ちゃんに差し出します。
「ちーちゃんのかみ」
「捨てて」
「長くし過ぎじゃない?」
「あんまり美容院に行きたくないし」
知恵ちゃんが髪を伸ばしている秘密が明らかとなったものの、もうお風呂に入っていても2人はすることが見つかりません。2人はバスタオルで体をふきあいっこして、脱衣所でパジャマに着替えます。お風呂上がりにリビングへ行くと、知恵ちゃんのお父さんとお母さんがソファに座ってテレビを見ていました。
「アリサちゃん。どら焼き食べれる?」
「食べれます!ください!」
ドライヤーで2人の髪を乾かしながら、知恵ちゃんのお母さんはお菓子を食べるかと亜理紗ちゃんに聞きます。亜理紗ちゃんと知恵ちゃんの頭にバスタオルを巻きつけ終わると、知恵ちゃんのお母さんは紙の箱からどら焼きを出してくれました。それを見つけた犬のモモコが、元気に尻尾を振って走ってきます。
「ちーちゃん。モモコちゃんにとられる!」
「部屋に逃げよう」
1人1つずつどら焼きを持って、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは2階にある寝室へと逃げます。知恵ちゃんの部屋へ行くと、改めてバスタオルで髪を拭きながら、2人は体に残った入浴剤の香りを互いに確かめて顔をしかめます。バスタオルをハンガーにかけてから、亜理紗ちゃんはどらやきの包みをとります。
「ちーちゃん。どら焼きってホットケーキなの?」
「なんで?」
「ホットケーキに餡子を入れたら、どら焼きなんでしょ?」
「違うんじゃない?」
「う~ん。今度、調べよっか」
どら焼きをあっという間に食べ終わり、それから就寝時間までは2人とも自由に過ごします。ただ、お泊り会だからといって2人は特別なことをするでもなく、いつものようにマンガを読んだり、亜理紗ちゃんの考えた変なゲームをしたりしていました。その内、時計の針は9時半近くを指し、頑張って起きていた亜理紗ちゃんも眠たそうにあくびをしています。
「私、もう眠い……」
「そろそろ寝よう」
2人が階段を下りて歯みがきに向かう廊下の途中、知恵ちゃんの部屋へ行こうとしていたお母さんと会いました。
「もう寝るの?」
「亜理紗ちゃんが眠いって。歯みがきする」
「そう。知恵は眠くないの?」
「そんなでもない」
亜理紗ちゃんと夜まで遊ぶために、知恵ちゃんは少しだけ仮眠をとっていたので、やや疲れてはいますが眠くはありません。おやすみの挨拶をしてリビングへ戻ろうとするお母さんを呼び止め、知恵ちゃんは一つだけお願いをします。
「あ、お母さん。音楽かけて寝ていい?」
「寝たあと止まるようにタイマーしてね」
「うん」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
亜理紗ちゃんと知恵ちゃんは洗面所で歯みがきをして、ちょっとだけリビングに寄ってお父さんとお母さんの顔を見ていきます。テレビ番組に人気のアイドルグループが出ていたので、その番組を録画してくれるようお父さんに頼むと、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんと一緒に自分の部屋へ戻りました。
亜理紗ちゃんが先にベッドへ入り、知恵ちゃんは蛍光灯に繋がっているヒモを引っ張ります。
「ちーちゃん……ちっちゃい電気、つけていい?」
「いいよ」
亜理紗ちゃんのお願いで、知恵ちゃんは蛍光灯についているオレンジ色の小さな電球だけをつけ直します。
「……アリサちゃん。カーテン開けるから、ちっちゃい電気、消していい?」
「いいよ」
片や明るくないと眠れず、片や暗くないと眠れない子だったので、間をとってカーテンを開けて眠ることになりました。外には今も、雨が激しく降り続いています。
その27の4へ続く






