その27の2『川下りの話』
「こっちの船をちーちゃんに貸します」
「はい」
亜理紗ちゃんと知恵ちゃんは2人で向かい合ってお湯に入り、船のオモチャを1つずつ目の前に浮かべます。限界までネジを巻くと、船のオモチャは足を回して一生懸命に泳ぎ始めました。ただ、それは必ずしも真っ直ぐに動くとは限らず、オモチャは右へ曲がって行ったり、もしくは移動すらしなかったりもします。
「あの……アリサちゃん。これ、どうしたら勝ちなの?」
「相手を壁まで押していったら勝ち」
「私のやつ、まったく動かないんだけど」
「がんばって泳がせて」
あまりにオモチャが自由奔放に動くので、亜理紗ちゃんは手で水面に波を送って誘導しています。その内、亜理紗ちゃんの方のオモチャがお風呂の端まで行き着いてしまい、2人は仕切り直しでオモチャの位置を真ん中へと戻します。その後も全く勝負にはならないのですが、ただ泳がせているだけで楽しいのか、2人はおしゃべりをしながら船を浮かべていました。
「そうだ。お母さんが、入浴剤、入れていいって言ってた」
「何味?」
「食べないで」
知恵ちゃんはシャンプーやリンスが置かれている台へ手をのばし、ビニールにパックされている入浴剤の中から1つ選んで持ち出しました。その包みを外してブロック状の入浴剤を取り出し、それをお湯の中へ沈めます。入浴剤は酸水のような泡を立てながら、お風呂のお湯を鮮明な緑色へと変えていきます。
「ちーちゃん。さわらせて」
「いいよ……」
知恵ちゃんが亜理紗ちゃんに入浴剤を渡し、亜理紗ちゃんは泡をいっぱい出そうと頑張って両手で入浴剤をこすり始めます。入浴剤のブロックが薄くなってくると、それを亜理紗ちゃんは手で2つに割って、半分を知恵ちゃんに返しました。
「……」
「……」
2人は黙々と入浴剤を手でこすり、溶かし終えた頃にはお風呂のお湯は全て深い緑色へと変わっていました。お風呂から立つ湯気に交じって、ちょっとだけ薬っぽいような、森林の中にいるような香りが浴室に広がります。
「ちーちゃん。これ、なんのにおいなの?」
「森」
檜の香りとパッケージに書かれていますが、知恵ちゃんはヒノキという漢字が読めないので、簡潔に森と表現しました。2人は入浴剤の香りを楽しむようにして、すーっと大きく呼吸をします。そして、キレイな緑色のお湯に浮いている船のオモチャを見つめ、亜理紗ちゃんは唐突につぶやきました。
「……この船、ジャングルにいるみたいじゃない?」
「ジャングル?」
「日本のジャングル」
「……それ、どこ?」
その27の3へ続く






