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その22の1『心の話』

 

 「……」


 パジャマを着た寝起きの知恵ちゃんが自分の部屋のドアを開くと、扉の向こうにはサラサラとした原っぱが広がっていました。ほほをなでるように風が吹いており、それは地平線の彼方まで続く草道をなびかせています。太陽も月もなく、空全体が蛍光灯にも似て輝いています。そこは知恵ちゃんが夢の中で何度も見かける、どこにあるかも知らない場所に似ていました。


 知恵ちゃんは左から右まで一通り風景を目に入れると、ゆっくりと扉を閉じて窓の外へと振り返りました。カーテンの間から見える空は太陽に照らされて白く透き通り、浮かぶ雲は菜箸で散らしたように破けていました。窓の外の景色は夢で見る世界と似ているようでいて、でもまばたきを繰り返すたびに光を弱めました。


 「……」


 夢の中で見た景色を思い出しながら、知恵ちゃんは再びドアを開いてみます。しかし、すでに先程の青く光る空も、揺れる草原も残ってはおらず、階段へと続く廊下があるだけでした。この日は学校が休みで、お父さんとお母さんは用事で朝から出かけています。二人とも午後には帰ってくる予定ですが、それまで知恵ちゃんは一人でお留守番です。


 一階のリビングのドアを開けてみても、やはり扉の奥からはリビングが出てくるだけでした。朝ご飯はお母さんが用意してくれていて、あとはパンを用意して知恵ちゃんは一人で朝ご飯を食べます。テレビをつけてみましたが、起きた時間が遅かったからかニュース番組しか放送されていません。


 お母さんの用意してくれた朝食の中にはサラダがあり、その皿の半分はポテトサラダ、もう半分にはレタスが入っています。青々としたサラダを見ている内、知恵ちゃんは夢で何度も見る草原の場所のことが気になってきました。そこで、ご飯を食べ終わると、その場所を探して知恵ちゃんは家の中の探索を始めました。


 脱衣所のドア、お風呂のフタ、タンスの引き出し、玄関のドア、リビングの窓、ゴミ箱、お父さんとお母さんの部屋、電子レンジ、ダンボール箱、戸棚の中、ビンの中、犬のモモコのベッド、冷蔵庫、洗濯機、あちらこちらを開いてみますが、どこも不思議な世界へは繋がっておりませんでした。最後、知恵ちゃんは自分の部屋を探そうと、二階にある自分の部屋のドアを開きました。


 「……」


 廊下の方から、自分の部屋の扉を開きます。その先には、寝起きに見た草原と空が広がっていました。靴下だけをはいた足で、知恵ちゃんは草原に体を出してみます。草はギュッと知恵ちゃんの体を支え、まるでベッドに乗っているように沈みました。その感触を確かめながら、知恵ちゃんはチカチカと光っている青空をあおぎました。

 

 知恵ちゃんが呼吸を止めると、髪を揺らしていた風も音をひそめます。知恵ちゃんの息づかいにあわせて、草原は草を揺らします。視力の届く限り、どこまでも風に吹かれた草の陰影が流れていきます。知恵ちゃんが目を閉じます。その瞬間、ドアの向こうから電話の鳴る音が聞こえ、ふわりとした風が知恵ちゃんの体を包みました。そして、いつしか知恵ちゃんは自分の部屋へ戻っていることに気づきました。


                              その22の2へ続く



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