その21の3『色の話』
絵を形作っている絵具は光の加減で煌めいて、まるで川は実際に流れているかのように光沢を見せました。元気のない花も風を受けているかのように、目の錯覚にも似て揺れ動いています。すると、おもむろに亜理紗ちゃんは絵へと手をのばしました。
「どうするの?」
「水がないから、あげる」
亜理紗ちゃんが絵に指先をつけます。絵の表面を覆っているフィルムを介して、亜理紗ちゃんの手が絵の中へと入っていきます。絵画の世界に自分の手や腕が現れたのを見て、亜理紗ちゃんはビックリして手を引き抜きました。
「大丈夫?」
「……?」
特にケガをした様子もなく、亜理紗ちゃんは手をグーパーしながら動きを確かめています。ただ、絵の中の草に触れたためか、指先には緑色の絵の具がついています。再び、亜理紗ちゃんは絵の表面をさわってみます。
「水をすくってあげてみよう」
絵の表面には波紋が広がり、亜理紗ちゃんが腕を動かすごとに絵は歪んでは戻ります。川に流れる水を手ですくうと、亜理紗ちゃんはこぼさないように運び、しおれている花の上で揺らしました。水が花びらに当たっても花は元気にはならず、それどころか黄色い色が流れ落ちて灰色に変わってしまいました。
「あれ?色が落ちちゃった」
「花の根っこに水をあげた方がいいんじゃないの?」
「あ、そっか」
知恵ちゃんに言われた通り、今度は水を花の根元にかけてあげます。灰色だった花びらは真っ白に変わり、少しずつ少しずつ花を開き始めました。でも、草むらに落ちた黄色い色は緑色が混ざってしまい、もう花びらには戻りません。そこで、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんにお願いをしました。
「私、お花に水をあげるから、似た黄色いもの持ってきてちょうだい」
「似た黄色いもの?」
「似た色のものの色を分けてあげる」
そう言われ、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんの部屋へと向かいました。さっきまで描いていたキャラクターの人形が目に留まり、それが黄色い色をしていた為に亜理紗ちゃんの元へと持っていきました。
「アリサちゃん。ウサきち」
「……あ、それじゃない方がいい」
お気に入りの人形から色を分けるのは気になるようで、別のものを持ってきてくれるよう頼んでいます。あと、亜理紗ちゃんの部屋には黄色いものが見つからなかったので、知恵ちゃんはドアをノックしてリビングへお邪魔しました。亜理紗ちゃんのお母さんは夕食の準備をしていて、今はフライパンで野菜を炒めているところです。
「知恵ちゃん。どうしたの?」
「あ……今、アリサちゃんと絵を描いてて、黄色いものを探してるんですけど」
「それでもいい?」
亜理紗ちゃんのお母さんが指さした先にはバスケットがあり、その中にはバナナの房が入っていました。バナナの一本をもらって知恵ちゃんは廊下へと戻り、川の水を花にあげている亜理紗ちゃんへと手渡しました。
「これ」
「ありがとう!」
亜理紗ちゃんは受け取ったバナナを絵の中に押し込み、バナナを花の上にかざすと、もう片方の手で水をかけてあげました。バナナの黄色が流れ落ちて、花びらに色が戻っていきます。しかし、その様子を見て、2人は同時に首をかしげました。
「アリサちゃん……ちょっと色が違う?」
「色が黄色すぎるから、黒っぽくしよう」
亜理紗ちゃんは絵から取り出したバナナの皮をむき、半分に折って知恵ちゃんにあげました。それを二人とも食べ終わると、今度は亜理紗ちゃんがリビングに行き、黒っぽいアボカドを一個だけ持ってきました。アボカドをバナナと同じように絵の中へと入れ、花の上で水をかけてみました。
「……黒い」
「……黒い」
同じ感想が二人の口から出るくらいには、花は黒く染まってしまいました。黒色は水をかけても色が落ちず、花の周りには黒や黄色の草がそよいでいます。これ以上、どうしたものかと2人が絵を見つめていると、静かにリビングのドアが開きました。
「2人とも、何してるの?」
「あ……お母さん」
一瞬、2人がお母さんの方へ視線を向けます。その後、絵画の方へと目を戻してみるのですが、その中にはキレイに咲いている花の姿と、青い川と緑の原っぱなどなど、元通りになった美しい色たちが残っているだけでした。
次の日、知恵ちゃんが学校に行くと、昨日の色鉛筆の話を桜ちゃんと百合ちゃんがが始めました。
「やっぱりピンクの方がいいから、学校が終わってから買いに行ったんだ」
「そうなんだ。私、赤色でいいと思うけど」
「そうかなぁ」
色をピンクにぬり直すという桜ちゃんですが、百合ちゃんは赤色のままでいいと言っています。そこで桜ちゃんは知恵ちゃんにも同じ疑問を投げかけました。
「知恵。赤でもいいかな?」
「えっと……うん。変にいじると大変なことになるから」
「……?」
「……なっちゃったものは仕方ないから、そのままでいいと思う」
その22へ続く






