その21の1『色の話』
小学校の授業には、図画工作という教科があります。これは絵の描き方を教わったり、紙や布などの素材を使った工作を学んだりするもので、その一環として知恵ちゃんのクラスの生徒は画用紙を持って校庭へと出ていました。
「好きな花を選んで描いて、次の図工の時間に出してください」
学校の花壇には何種類もの花が咲いており、鉢に植えられているものも幾つかあります。先生が授業の課題を生徒に言い伝えると、どの花を画用紙に描くか知恵ちゃんたちは選び始めました。
「知恵ちゃん。どれにする?」
「描きやすそうなのにする」
百合ちゃんの何気ない質問に対し、知恵ちゃんは最初からハードルを下げていきます。知恵ちゃんが絵を描くのが得意でないことは友達の百合ちゃんも桜ちゃんも知っていたので、なるべく簡単に描けそうな花をみんなで探していました。
「桜ちゃん、どれがいい?」
「私は、このピンクの」
「じゃあ、私も同じのにする。知恵ちゃんも同じでいい?」
「いいよ」
百合ちゃんと桜ちゃんはしゃがみ込んで、一緒にピンク色の花を描き始めました。知恵ちゃんも同じ花を見つめているのですが、少し2人とは違う角度から構えて画用紙へ色鉛筆を乗せました。いざ描き出そうとした手前、知恵ちゃんは百合ちゃんに花のことをたずねました。
「この花……なんの花なの?」
「ポピーじゃない?」
「……知らない花だ」
知恵ちゃんはポピーという花の名前も聞いた事はありませんでしたが、それについては気にせず花びらの輪郭をなぞるように描き始めました。絵の描き方は以前の授業で習ったばかりなので、その基本を思い出しながら知恵ちゃんはポピーと画用紙を見比べています。
体育以外の授業で野外に出る機会は多くありませんので、クラスの男子たちははしゃいで遊びまわり先生に叱られています。そちらには興味を示さず、知恵ちゃんたちは授業時間をいっぱいに使って花を画用紙へ写していきました。
「はい。次の図工で続きを描きます。では、教室に戻ってください」
学校のチャイムが鳴り終わり、先生の合図で生徒たちは画材道具を片付け始めました。百合ちゃんと桜ちゃんは授業の間にも絵を見せ合っていましたが、少し離れた場所にいる知恵ちゃんは誰にも見せることなく静かに花を描き続けていました。
「知恵、どこまで描けた?」
「少しだけ色をぬった」
桜ちゃんに絵の進行状況を聞かれ、知恵ちゃんは恥ずかしそうに自分の画用紙を広げます。知恵ちゃんの絵は色合いがあってこそ花だと解るものの、知らない人が見れば花よりも魚に見えるものでした。逆に知恵ちゃんも桜ちゃんの絵を見せてもらったのですが、そこには明確に花の形をしているものが描かれていました。
「……ちょっと待って?」
「なに?」
桜ちゃんが絵をしまおうとしたところで、知恵ちゃんは気になる点を見つけ指をさしました。
「桜ちゃんの絵……なんで赤いの?」
「……花が?」
桜ちゃんの絵に描かれているのは赤い花でしたが、実際の花は白っぽいピンク色をしています。それを不思議に思い、知恵ちゃんは桜ちゃんに聞いたようです。すると、なんでもないという態度で桜ちゃんは知恵ちゃんの質問に答えました
「ピンクの色鉛筆がなかったから、赤で描いただけ」
「えー、言ってくれれば貸したのに」
「ちょっとしか違わないからいいよ」
桜ちゃんの色鉛筆入れにはピンク色がなく、似た色は赤色しかありませんでした。百合ちゃんは貸してもよかったと言っていますが、みんなもピンク色を使っているだろうと考え、桜ちゃんは代わりに赤色で花に色をつけたようです。
「……あ」
知恵ちゃんは自分の絵と桜ちゃんの絵を見比べ、何か思いついたように並べてみます。そして、その出来栄えの評価を百合ちゃんにお願いしました。
「百合ちゃん……どっちが本物に似てる?」
「桜ちゃんの方」
「……」
「知恵……」
わずかに勝てる要素を見つけたものの、やはり形が花でないことから知恵ちゃんの絵は、あえなく敗北となりました。
その21の2へ続く






