その100の3『友達の話』
「描けた!」
「……」
亜理紗ちゃんが木や空、木の実を描き終わり、絵日記のページには、なまけものさんを描くためのスペースだけが中央に白く残っています。すると、知恵ちゃんは丸くて白い空白に、ちょこんと小さく目と口を描くだけで作業が完了します。
「描けた……」
「なまけものさんだ!」
「私、黒い点しか描いてないけど……」
なまけものさんの目と口は小さいので、知恵ちゃんは点を書き入れただけです。亜理紗ちゃんに比べて作業量が極端に少なく、やや知恵ちゃんは不満そうです。でも、ひとまず絵日記が一段落したので、2人は光っている石とクローゼットへ興味を移しました。
「ちーちゃん。長い棒ある?」
「なんで?」
「爆発するかもしれないから、遠くから開ける……」
怪しい光を放っているクローゼットが危険なのではないかと考え、亜理紗ちゃんは長い棒を使って開こうとします。そんな意をくんでか、クローゼットは誰が手を触れるでもなく、自ら戸を大きく開きました。
「……?」
2人でクローゼットをのぞきこみます。クローゼットの中には、知恵ちゃんの服などは見当たりません。その代わり、古ぼけたほこりっぽい部屋が広がっており、足音を立てないようにして亜理紗ちゃんは中へと入りました。知恵ちゃんも自分の部屋のテーブルに置いてある光る石を持って、亜理紗ちゃんのあとを追いました。
部屋は知恵ちゃんの部屋より何倍も広く、壁の本だなには古そうな本の背表紙がぎっしりと並んでいます。カーペットや窓なども見慣れない模様や形をしていて、部屋には外国の雰囲気が漂っています。
「……」
部屋の奥に足の高いテーブルがあり、その上に分厚い本が置いてあるのを見つけました。それを亜理紗ちゃんは持ち上げて開いてみましたが、書かれている文字は日本語ではありません。図形なども多く描かれているものの、そこから亜理紗ちゃんが得られる情報は1つもありませんでした。
「……アリサちゃん。ここ」
「……なに?」
壁の本棚にスキマがあるのを発見し、それを知恵ちゃんが指さして亜理紗ちゃんに教えます。中をのぞいてみようとしたところ、後ろから大きなものが近づいてくるのに気づき、2人はビックリしつつ振り返りました。
『これが完成すれば、娘を自由にしてやれる。これが完成すれば……』
知恵ちゃんたちに近づいた大きな影は、壁のランプに灯った炎に揺られています。顔や体、その実体は目に見えません。口の動きも解りませんが、大人の男の人の声が聞こえてきました。
2人が道をあけると、大きな影は本棚のスキマの前に立ちました。ゴリゴリと音を立てて、本棚が右に動きます。本棚の奥に隠されている小さな部屋の中に、紫色の石が置いてあります。
「……ちーちゃんの石だ」
「……でも、ここにあるよ?」
知恵ちゃんの手には紫色の石があり、それと同じものが小部屋の中のクッションに置いてあります。大きな影は部屋の奥にあった石を持ち上げ、手の中で光沢をなでたり、石の表面を布でふいたりするような動きを見せています。
『……こちらにいらっしゃいましたか』
『どうした?』
『地下室にて、実験準備が整いました。お立会いください』
部屋のドアが開き、別の影が現れます。そちらの影は大きな影を探していたようで、本のようなものをめくる動作を見せつつ、部屋の外へと戻っていきました。大きな影も石を元あった場所へ戻し、開きっぱなしになっているトビラへと向かいます。
『仕事だ……今日は、会いに行けるかな』
大きな影はトビラを閉める直前、窓の方を見ながらつぶやきました。その声は悲しみと愛しさをにじませながら、くたびれたようにして部屋の空気になじんで消えました。
その100の4へ続く






