その100の1『友達の話』
学校からの帰り道、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんと遊ぶ約束をして家に入りました。やや部屋が散らかっているので、亜理紗ちゃんが来るまでの短い時間で部屋の片づけをします。
「……よし」
テーブルの上に乗っているものを収納場所へと戻し、ベッドもシワがないように正します。紫色の石のキーホルダーがついているカバンを勉強机に乗せ、知恵ちゃんは自室を出て玄関へ向かいました。
「……知恵、もう亜理紗ちゃん来たの?」
「多分、もうすぐ来る」
お菓子やジュースの用意をしてくれていたお母さんが、玄関で待っている知恵ちゃんに声をかけます。知恵ちゃんの言葉通り、それから10秒もせずにインターホンが鳴ります。遊びに来た亜理紗ちゃんを迎え入れて、2人は上の階にある知恵ちゃんの自室へと行きます。そこへ、知恵ちゃんのお母さんがお菓子とジュースを部屋まで持ってきてくれました。
「ちょっとお母さんは出かけてくるから、家のカギを閉めていくよ」
「うん。いってらっしゃい」
お母さんは知恵ちゃんの部屋にお菓子とジュースを置き、少し家を留守にすると伝えました。お母さんが出て行って2人きりになったところで、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは何をして遊ぼうかと相談を始めます。
「アリサちゃん。なにする?」
「今日はね。へんてこ絵日記をやろうと思って、日記ノートを持ってきた」
亜理紗ちゃんはカバンから絵日記帳と筆箱を取り出し、テーブルの上に乗せました。まだ絵日記には持ち主の名前も書かれてはおらず、中も真っ白で手つかずの新品同様です。
「それ、買ったの?」
「机の下に落ちてるのを見つけた」
どうすれば日記帳が机の下のスキマに入るのかは知恵ちゃんには想像がつきませんが、亜理紗ちゃんの部屋は雑多として物が置かれているので、たまに忘れられたものが発見される時があります。そんな日記帳に亜理紗ちゃんは自分の名前を書き、エンピツと一緒に知恵ちゃんの前へと差し出します。
「ちーちゃん。名前かいて」
まだ絵日記帳の使い道について聞いていませんが、ひとまず知恵ちゃんも表紙に名前を書きます。亜理紗ちゃんは絵日記につけるタイトルを考えますが、今は思いつかなかったので黒いエンピツで『へんてこ』とだけ記入しました。
「ちーちゃんと私、たくさん変なところに行ったでしょ?」
「うん」
「それを忘れないように書く日記なの」
紫色の石が知恵ちゃんの手に渡ってからというもの、2人は何度も不思議な世界へと足をふみ入れました。その想いでを書き残しておきたいのだと理解し、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんの横に移動してノートの正面に座り直しました。
「1ページ目は何を書くの?」
「森のキツネさん」
知恵ちゃんと亜理紗ちゃんが最初に迷い込んだのは、深い霧におおわれた森の中でした。そこで会ったキツネのような生き物を思い出しながら、亜理紗ちゃんは色鉛筆で絵を描いていきます。知恵ちゃんも森の色合いを記憶から呼び起こしつつ、緑色の鉛筆を手に持ちました。
「……アリサちゃん。それ、なに?」
「森のキツネさん」
亜理紗ちゃんの描いている生き物はツノらしきものが生えていて、2足歩行で立っています。知恵ちゃんの覚えでは、キツネさんはおでこにだけ白い毛が乗っており、他の色は赤色。そして、4足歩行で移動する生き物でした。しかし、紙に描かれているものは、いつか亜理紗ちゃんが描いていた落書きのキャラクターに似ています。
「ちがうよ。それ、アリサウルスじゃん。ツノがあるし」
「ツノじゃないよ!耳だよ!」
「耳か……」
耳が真ん中に寄りすぎて、ツノに見えていただけのようです。2本足で立っている点については置いておき、亜理紗ちゃんは次のページへとペンを持つ手を動かします。
「文は書かないの?」
「絵だけで解るから……」
亜理紗ちゃんは絵を描くのは好きですが、文を書くのは好きではないようです。2人は次のページにペンを立てつつ、何を書くか考えていきます。そこで知恵ちゃんは、ちょっと前に見た変な植物について思い出します。
「……タネ怪獣は?」
「それを描こう」
タネ怪獣というのは大きな口のある植物で、口から発射したタネを遠くまで飛ばすことができます。その怪獣が花びらへ向けて的当てしていた様子を回想しつつ、また亜理紗ちゃんが怪獣を、知恵ちゃんが背景の森を書いていきます。
「私、森ばっかり描いてる」
「ちーちゃんは次のページで、生き物を描いて」
知恵ちゃんは丁寧に森を描きながら、亜理紗ちゃんの手の下にある絵をのぞきみました。どこかで見たような怪獣が、また2本足で背景に立っているのを発見し、すぐさま手を止めて亜理紗ちゃんに指摘しました。
「それ、アリサウルスじゃん!またツノがある!」
「違うよ!ツノじゃなくてトゲだよ!」
「トゲだったか……」
その100の2へ続く






