その99の18『旅の話』
「……」
「……」
桜色の鳥は飛ぶ高度をどんどん上げており、いまや雲が部屋の窓にぶつかるほどの高さを飛んでいます。鳥の背中からは島の広さが一望でき、雪山や黒い森が遠くに確認できます。鳥が羽を動かすたびに部屋から見える景色は大きく揺れ、すると亜理紗ちゃんは自分の体を傾けつつも、落ちないように部屋のバランスをとって持ちこたえます。
「……」
「……」
鳥は編隊をなして乱れずに飛んでいて、先頭を飛ぶ鳥がキーと鳴けば、他の鳥たちもキーと鳴いてあとをついていきます。先頭にいる鳥の尾だけは黄緑色であり、体も他の鳥よりも幾分か大きいので、鳥たちのリーダーなのだということが見て取れます。
部屋の横窓から眼下へ視線を落とすと、ずっと遠くまで広がっている砂漠がありました。砂漠にはグルグルと風が吹き抜けいて、風の足あとが線となって残っています。それはよくよく観察してみると、大きな絵のようにも見えてきます。
「……」
「……」
亜理紗ちゃんは意味もなく息を止めたまま、地図に指をつけて正面を見据えています。砂漠に描かれた線が鳥のような形をしていて、その情報を知恵ちゃんは亜理紗ちゃんと共有したいのですが、声をかけると鳥の背中から落ちてしまうかもしれません。なので、知恵ちゃんの方も特に意味もなく、息を止めて亜理紗ちゃんの横に座っています。
「……」
「……」
そっとベッドの上で体を動かして、知恵ちゃんは砂漠から右へと目を向けます。そちらにはギザギザとした山や谷があり、地面からつららが生えたかのように、岩がいびつにのびていました。鳥たちは谷のある方へ向かいつつ、少しずつ飛ぶ高さを下げていきます。それを見て、あの谷が目的地なのだと知恵ちゃんは気づきました。
谷の裏側へ回り込むようにして、鳥たちは谷のそばを飛び回ります。カーブにさしかかると、鳥は体を半回転させ、ナナメになりながら谷を進みます。それでも2人のいる部屋は鳥の背中から落ちず、でもグラグラはしているので、ちょっと知恵ちゃんは酔いそうです。
「……」
「……」
ここは島のはじっこに位置していて、山や谷の向こうには青くてキラキラした海のようなものが透けて見えます。とがった山のてっぺんには王冠に似た形のものが乗っています。そこへ鳥たちが飛び降りようとした次の瞬間、窓の外に見えていた世界が急にグルリと回転しました。
「……あっ!」
「……あっ!」
部屋は鳥の背中から振り落とされ、ゆるやかに回転ながら山にぶつかりました。衝撃はなかったものの、そのまま部屋は山からも転がり落ちて、数秒後にやっと窓の外の景色は停止しました。窓は真上を向いており、飛んでいる鳥たちが上空に小さく見えています。
「ごめん……落ちちゃった」
「鳥さんが回ったし、それは落ちるよ……」
山に作られた王冠のようなものは鳥の巣らしく、クルリと前転しながら鳥たちは各々の住処へと飛び込んで行きます。その鳴き声に混じって、さらに高い音も小さく聞こえています。なんの音なのかと耳をすませて、亜理紗ちゃんは音の主を予想します。
「あそこに赤ちゃんがいたのかも」
「鳥さんの赤ちゃん、見てみたかった……」
谷は急斜面となっている為、部屋を走らせてものぼることはできません。巣から聞こえるキッキッという甲高い鳴き声を聞きながら、2人はピンク色をした鳥のひなが、どんな姿をしているのかと思いをはせていました。
その99の19へ続く






