その99の16『旅の話』
おしゃれシカを追いかけて、木漏れ日のあふれる森の中を行きます。ところどころには細い川が流れ、それを軽快に飛び越えてシカは岩場を進みます。水を含んで丸くなっていた時よりもシカの速度は上がっていますが、あとを追っていて見失うほどの俊敏さではありません。
「……シカさんが立ち止まってる。アリサちゃん、遅くしよう」
「オーケー」
シカが目的地に着いたと見て、亜理紗ちゃんは部屋の進行スピードを下げました。シカは木の幹を見つめています。木からは金色に輝くミツがついていて、そちらへと近づいていきます。とろとろと甘そうなミツを見て、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんはツバを飲み込みます。
「食べてるのかな?」
「なんだろう……う~ん」
やや離れた場所からは食べているように見えますが、後ろからではハッキリとは解らず、知恵ちゃんはベッドの上を移動しながらうなっています。横からのぞいてみたところ、シカがミツに頭をこすりつけている事が解ります。
「……頭にぬってる」
「なんで?」
頭の木のミツを体にも塗りつけて、しっぽまで念入りにすり込んでいます。シカの毛はミツでヌメヌメになっているのですが、表情に不快な様子は見られません。何も考えていなそうな顔をキラキラさせながら、シカは2人の方へと顔を向けました。
「……あ。毛を染めてる」
「あの金色、染めてるの?」
対面してやっと、亜理紗ちゃんはシカがミツを体に塗っている訳に気づきました。元の毛の色は他のシカと同じであり、がんばってミツを塗っているから金色になっているのだと予想がつきます。毛を金色に染めていると知って、知恵ちゃんは金色の毛に目を細めつつ評価を改めます。
「髪をそめてるってことは……不良のシカさんだ」
「でも、りんりんのお母さんも茶色くそめてたし」
「茶色はいいの……」
知恵ちゃんの中では金髪にそめている人は不良で、茶色は許容範囲とされています。不良のシカが移動を始めたので、また亜理紗ちゃんは部屋を動かして追いかけます。森を歩くシカの体に、ひらひらとチョウチョが近づいてきました。チョウチョはアクセサリーのようにシカの頭や体に止まります。
「ちょうちょがとまってオシャレになった」
「茶色いちょうちょも来てるけど」
「あれはチョウチョじゃない虫だけど」
知恵ちゃんが指さしているのは、チョウチョではない別の虫です。キレイなチョウチョに交じって、カブトムシのような虫やガのような虫も集まってきます。シカは平坦な道で足を止め、虫だらけになっている自分の姿を銀色の大きな石に映していました。
「アリサちゃん……あれ、ほんとにオシャレなの?」
「まだオシャレだ」
虫だらけとはいえ、そこまで気持ちの悪い虫はとまっておらず、カブトムシだって見ようによっては黒い宝石のようです。そのままシカは黄緑色の森を抜けて、砂のたまっている岩場へとやってきました。さらさらとした砂の滝を見つけ、その下にシカは入っていきます。
「……」
ミツのベトベトに灰色の砂が絡んで、シカはミツまみれ虫まみれの砂まみれです。ここまでくると、オシャレと見ていた亜理紗ちゃんも、やや首をかしげています。
「アリサちゃん……あれは?」
「でも、シカの仲間の中じゃオシャレかもしれない可能性がありそうだし……」
「なんで頑固なの……」
自分でオシャレなシカといってしまった手前、シカの見た目については亜理紗ちゃんの評価も頑固です。シカは岩の山を超えて、草原へと降りていきます。そこには茶色いシカのような生き物がたくさんいて、おしゃれシカも仲間にまぎれていきます。
「……」
周囲とは違う姿をしたシカが入っていっても、他のシカたちは特別な反応を示しません。一緒に木の実を食べたり、木の影で休んだりしています。金色の毛にも虫にも、砂だらけになっている体にも無関心です。とてもファッションリーダーのシカとは思えません。
「アリサちゃん……あれ、ほんとにオシャレなの?」
「解らなくなってきちゃった……」
その99の17へ続く






