その99の14『旅の話』
カエルは食べた木の実を消化しつつあり、それにともなって光っていた体も元の岩色に戻っていきます。そんなカエルの道しるべを辿っていくと、沼地の向こうに黒い木々が見えてきます。森の場所を地図で確かめてみても、この先で森が止まっているのが解ります。
「コロコロコロ……」
木琴のような軽い音色で、カエルの鳴き声が聞こえてきます。じめじめしていた湿地帯が終わり、しっかりとした地面の形が解ります。その手前で亜理紗ちゃんは部屋を回転させて、沼に浮かんでいるカエルたちにお別れをします。もうカエルの体の光は収まっていて、鳴き声を響かせながら泥の中へと入くのが見えました。
「ごはんを食べて帰っていった」
「もう、お別れだ……」
最初はヌメヌメのカエルを苦手そうにしてた知恵ちゃんも、慣れてくると可愛く見えてきたようで、お別れとなるとやや名残惜しく声を出しました。知恵ちゃんの部屋を回して、森の方へと向き合います。あれだけ全力で走っていた森の木々が、今は心を入れ替えたように静かです。ざわざわという葉の揺れる音を聞きながら、亜理紗ちゃんは森の中へと部屋の位置を進めていきます。
「もう走ってない」
「疲れちゃったのかもしれない」
あれだけ急いで走ってきたので、さすがに息切れしたのではないかと亜理紗ちゃんは推測しています。でも、もう木々は動こうとする様子もなく、根っこもしっかりと地面に伸ばしていました。
森の中にも木の実の液体が落ちています。その先に向かえばクリスマスツリーのような大樹の元へと行き着くと考え、そのカラフルな光を探しながら進行していきます。ですが、森を抜けるには大して時間もかからず、空にかかるほどの大きな木が森の奥に影を映しました。
「あれ……ちーちゃん。森の形、変じゃない?」
「どれ?」
亜理紗ちゃんに言われて、知恵ちゃんも地図を見てみます。森を表している灰色の部分が、細長く横に広がっています。どんと立ち止まっている大樹に並んで、そこで終わっている森の先へと目を向けます。
「あ……海に出たよ」
丘を下った先にある景色。それを亜理紗ちゃんは海と表現しましたが、知恵ちゃんからすれば黒い空間に銀色の粒が舞っているようにしか見えません。森の先は下り坂となっていて、大樹は丘のてっぺんに立っています。他の木々も海が見たいとばかりに丘に横に並び、後ろの木々が顔を出せるように配慮しながら、スキマをあけて並んでいます。
「……」
果ての見えない黒い空間。その奥の方にダイアモンドをライトで照らしたような、強い光が沈んでいます。あれがなんなのかを探って、2人は部屋の電気を消して目をこらしています。
「アリサちゃん……なんだろう。あれ」
「ん。なんだろう……」
まばゆい光は回転しているようにも見えます。近づいてきているようにも見えます。温度は伝わってきませんが、どこか温かみのこもった光です。その中で、ふと亜理紗ちゃんは部屋の横の窓から、大樹や森の木の様子をうかがってみます。大きく枝を広げて、あの光を待ち遠しそうにしています。
「太陽だ」
「そっか。太陽だ……」
亜理紗ちゃんの声を聞いて、やっと知恵ちゃんも光の正体に気づきました。森の木々は日当たりのいい場所で、今か今かと朝を待っています。
「ちーちゃん……地図、閉じていい?」
「いいよ」
亜理紗ちゃんが地図を閉じると、異世界の風景が色をひそめ、窓の外には見慣れた街並みが広がりました。傾きかけている太陽の大きな光が、うっすらと差し込んできます。地球に届く太陽の光を十分に身に受けます。そして、亜理紗ちゃんは木が太陽と出会えるよう、地図を裏返してそっと開き直しました。
その99の15へ続く






