その99の13『旅の話』
水の流れに逆らって戻っていくと、窓の外にある景色が茶色く濁り始めました。泡の渦巻きも消え、べたべたとした泥の質感がはりつきます。地図に描かれている現在地が動かないよう真っ直ぐに進んでいくと、知恵ちゃんの部屋は沼の広がる湿地帯へと浮上しました。
「やっと出た」
地下にあった特有の閉塞感から抜け出し、亜理紗ちゃんが思わず息を吸い直します。月明かりの元には青みがかった沼があり、その表面には緑色のコケや落ち葉が浮かんでいます。そして、大樹に実っていた果実の液が、森の走り去ったルートを示すようにして光っていました。光る液体をたどっていけば、自然と森の行き先も知りえることができます。
「……こっちかな」
赤や黄色、紫などの光を探しながら、亜理紗ちゃんは地図につけた指を動かしていきます。やや時間が経っているせいで、木の実の液体は沼の色に染まり始めています。亜理紗ちゃんの指の向きや押し込みの強弱を受けて、知恵ちゃんの部屋は沼地の上をプカプカと揺れながら進みます。
「……ちーちゃん。光る水は?」
「あれ……なくなったけど」
沼に浮いていた光る木の実や果汁が、道の途中で見つからなくなってしまいました。地図を見れば森のあるおおよその位置はつかめますが、沼地には似たような風景が続いているので、目印がないと進んでいる感覚が乏しくなります。月の光に照らされた沼地の上に、ふと知恵ちゃんは動いているものを発見します。
「今……あの石、動かなかった?」
「どれ?」
沼地からは紫色の岩が露出していて、そちらを知恵ちゃんが指さしています。ぬれてテカテカした岩へ、部屋の窓を近づけてみます。すると、遠くで見た時よりも、岩が意外と大きいことが解ってきました。知恵ちゃんの部屋くらいもある大きな岩が、まるで息をするようにして膨らんだりしぼんだりしています。
「……」
のそのそと足と手を動かして、岩が動き出します。こちらを向いた眠そうな目が、知恵ちゃんと視線をあわせました。知恵ちゃんは腰の位置を後ろに下げて、亜理紗ちゃんも部屋の位置を少し後退させます。岩のように見えていたものが、紫色のカエルだった事実に気づきます。
「むらさきガエルだ」
大きな紫色のカエルについて、亜理紗ちゃんは見たままの名前をつけました。カエルのおでこにツノが生えており、口からは長い舌がダランとたれています。その舌が、紫色に光っているのを見て、知恵ちゃんは道しるべがなくなった理由を知りました。
「あっ、目印を食べてる!」
「食べられた!」
森の進んだ先を示す目印をなめて、カエルは満足そうに口をもぐもぐさせています。のんきそうなカエルの顔を見て、すると2人も仕方ないとばかりに肩を下げました。部屋の横側にある窓を見ると、そちらの沼地には大小さまざまな岩が浮いています。
「もしかして、あれ全部、カエルさんかな?」
「どれ?」
知恵ちゃんの声を聞いて、そちらへと亜理紗ちゃんも振り向きます。青い石や緑の石、黄色の物体が沼に点在しています。それらは漂うようにして沼地を移動し、紫色のカエルと同じように、もぐもぐと口を動かしていました。次第に、カエルたちの体が、ライトをつけたようにポツポツと発光を始めます。
「もしかして、食べた木の実で色が違うのかな?」
「変な色のもいるけど……」
カエルたちは、コロコロコロコロと楽しげにノドをならします。その光る肌が目印の代わりとなり、それを辿って亜理紗ちゃんは部屋を進めていきました。様々な色のカエルを見て、大樹から落ちた木の実の色を思い出し、亜理紗ちゃんは食べた物と肌の色の関係性について考えています。その一方で、知恵ちゃんはハデに光っているレインボーのカエルなども発見していました。
「ちーちゃん。私も、あれ食べたら光るようになるのかな?」
「解んないけど……みかんをたくさん食べると、体が黄色くなるって前にお母さんが言ってた」
「すごい!今度、やってみる!」
「それは……あんまりやらない方がいいと思うの……」
その99の14へ続く






