その99の12『旅の話』
「海があった」
「これ、海なのかな……」
島の地下にある風景を亜理紗ちゃんは海と表現しましたが、知恵ちゃんは懐疑的に見ています。空らしきものは黒くて星もなく、中央には太陽にも似た赤くて丸い光の玉が浮かんでいます。その空間を包んでいる水は透明ですが、黒い空と赤い光を映し、どろんとしたオレンジ色に染まっています。
「……」
水面には細かな泡の粒がと、水の流れが見えています。地図の現在地を確認しても、部屋が泥にはまった場所からは変わってはおらず、もぐって島の地下まで来てしまったのだということが解ります。
「なにもなさそうだけど……戻る?」
「う~ん……もうちょっとだけ進んでみよう」
太陽にも似た赤い光の正体が気になり、亜理紗ちゃんは水面にそって部屋を泳がせていきます。見渡す限りに水平線はなく、水面は大きく湾曲しています。海の上を進んでも進んでも、まるで海全体が回転しているように延々と続いていきます。
のぼっているようで、下っているようで、全く進んでいないようでもあります。赤い光の位置も変わってはいません。夕空の裏側にでも迷い込んだかと錯覚する世界が、水でできた球体の世界に閉じ込められています。太陽には近づけず、延々と同じ風景が続いていきます。
「……」
変わり映えしない静かな世界に、知恵ちゃんは眠い目をこすっています。そこへ、どこかからヒョロロと、鳴き声とも風の音とも解らないものが耳に届きました。
「なんの音だろう……」
まず音に気付いた知恵ちゃんが窓ガラスに近づいて、そんな知恵ちゃんの横顔を亜理紗ちゃんは見つめています。再び、細く長い音が聞こえ、暗闇の向こう側から、赤いリボンらしきものがただよってきました。それは赤い太陽を守るようにして、黒い空に残光を浮かべながら浮かんでいます。
「ちーちゃん。あれ、なんだろう」
「……ヘビみたいな顔があるよ」
「顔?」
リボンに見えたものの先端には破けた場所があり、それはとがった口や鼻、ギザギザに開いた穴は目にも見えます。亜理紗ちゃんもベッドにヒザをたてて、窓の向こうに目をこらします。すると、先程のものとは別に、更に大きな帯状の生き物が現れました。2体いると解り、それを知恵ちゃんが亜理紗ちゃんに教えます。
「2匹いた」
「ぐるぐるしてる」
2体の生き物は半透明な体を暗闇にまぎれさせ、また姿を消しては、赤い光を放つ玉の周囲を飛び回っています。次第に、その生き物たちが赤い玉に巻きついていきます。すると、玉の中から、小さく細長いものが抜け出してきました。
「……なんか出てきた」
知恵ちゃんが水面を指さしており、そちらに亜理紗ちゃんも視線を向けます。宙を舞っている帯状の生き物よりも小さなものが、窓の下にある水の中を泳ぎ回っています。その小さな生き物は、赤いヒモに似た形をしていて、赤い玉を包んでいる生き物と同じような姿をしていました。
「大きなヒモと小さなヒモだ」
「……」
そう亜理紗ちゃんが言い、知恵ちゃんは生き物が太陽のような丸いものへと、大事そうにに巻き付いているのを見上げました。ここは、あの生き物が隠れ住んでいる場所なのだと解ります。空飛ぶ大きな生き物、それらに守られている赤い光の玉。まだ飛べないので、水の中を泳いでいる小さな生き物。それらを順番にながめて、暗闇に流れる赤い光だけを思い出にもらい、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんに伝えました。
「もどろっか」
「うん」
亜理紗ちゃんは窓の向きを水の中へと向け、地上へと戻る為に、真っ直ぐに真っ直ぐにと、方向に気をつけながら進んでいきました。
その99の13へ続く






