その99の11『旅の話』
「ちょっと溶けてる……」
「ちーちゃん。チッシュもらっていい?」
「ティッシュでしょ……」
亜理紗ちゃんが持ってきたお菓子は、スナックの表面をチョコでコーティングしているものでした。夏の暑さで部屋の空気が温まっている理由で、お菓子についているチョコは軽くドロついており、食べ始めた2人の手は汚れてしまいます。そんな溶けたチョコを見て、亜理紗ちゃんは窓の外にまとわりついていた泥のことを思い出します。
「でも、どうしたら泥から出られるんだろう」
「また地図を開き直したら、別の場所になってるかもしれないし」
「そっか!やってみよう!」
結局、ティッシュでふいてもチョコがキレイに取れず、2人は洗面所で手を洗ってから部屋へと戻ってきました。知恵ちゃんの部屋にある時計を見てみます。亜理紗ちゃんが家に来てから、もう1時間ほど経過しています。急がないと家に帰る時間になってしまうと考え、早く泥の中から出ようと亜理紗ちゃんは地図を手にしました。
「じゃあ、開くよ」
「うん」
引き続き、運転は亜理紗ちゃんが担当するとして、たたんでいた地図を広げました。窓の外にあった夏の青い空が消えて、どんよりした茶色い世界が広がります。すぐに亜理紗ちゃんはパタンと地図を閉じて、ちょっと紙を振ってみたりします。もう一度、パッと地図を開きます。やはり、変わり映えしない泥が窓一面に映るばかりです。
「ダメだ……どろどろだ」
「じゃあ、適当に進んでみる?」
「それもいい」
どうしたら違う場所にワープできるのか解らず、知恵ちゃんの提案を受けて闇雲に進んでみることになりました。今、部屋は泥沼の上へと向かっているのか、下に向かっているのか。それすらも解りません。しかし、部屋は泥のねばりをものともせず、どんどんとどこかに向かっています。
「……?」
適当に泥の中を進むにつれて、窓に貼り付いている泥に流れが発生したのが見て取れました。泥が流れていきます。そこから考えて、知恵ちゃんは地上に出る方向を知り得ます。
「泥が流れてるから、進む方向は……」
「下だ!」
「えっ……下?」
泥が流れているということは、重力にそって動いているということです。すると、流れにさからって進めば地上に出られる。そう知恵ちゃんは推理しました。でも、なぜか亜理紗ちゃんは下に行こうと言い出します。
「なんで下なの?」
「下に流れてるから、下に何かあると思う」
「……木を追いかけるんじゃなかったの?」
「木は止まってるみたいだから、今は大丈夫」
地図上を高速で移動していた森の木々は動きをゆるめており、ここから少し離れた場所に目的地を決めた模様です。もう一度、2人は泥の流れを見つめます。結局、知恵ちゃんが譲歩する形で、次の行動を決めました。
「……下に行って、何もなかったら戻ろう」
「うん」
部屋の進む向きを変更し、泥の流れに沿って沈んでいきます。泥の下に何もある訳がないと、知恵ちゃんは細めた目を窓に向けていました。
「……?」
どんどんと泥の流れが速くなり、液体の粘度が下がっていきます。茶色かった泥は色を薄め、部屋が沈むにつれて、水流は滝のごとく勢いを増していきます。遊園地のジェットコースターにでも乗ったようにスピードは上がり続けます。突然、どこか明るい場所へと部屋は飛び出しました。
「ちーちゃん!どこかに出た!」
「……えっ」
部屋は地下へ向けて進んでいたはずです。なのに、到着した場所で2人が見たものは、球体上に広がっている広い海面と、その上でピンク色に燃えている太陽の光でした。
その99の12へ続く






