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その99の9『旅の話』

 「……ぎぎぎぎ」


 あちらこちらで草を食べたのち、シッポの光る生き物はうなるような鳴き声を残して、地面にあいた穴へともぐり込んでいきました。光源を失い、ちょうちょたちもちらほらと解散していきます。月明かりのみとなった雪原は暗く、亜理紗ちゃんは再び灯りを探して運転を開始します。


 「さっき、森より遠いところに、なにか光ってたよね?」

 「そうだっけ……」

 「こっちだったかな……」


 積もった雪の上から降りたせいで高度が下がり、森の向こうにあった光の群れは見えなくなっています。そこで、亜理紗ちゃんの記憶だけを頼りに、森のある方向へと部屋を動かしました。次第に黒い木は数を増していき、知恵ちゃんの部屋は完全に森の中へ入ります。今は土を隠していた地面の雪も消えてなくなっています。


 ざわざわと葉の揺れる音が聞こえてきます。木の枝や葉に隠されて、月明かりも森の中までは届いてはいません。しかし、足をすべらせたり、木にぶつかる心配はないので、暗がりの中をどんどん先に進んでいきます。


 「……」


 黒い森の深部へ進むと、地図や現在地を示す丸い印は、蛍光塗料を塗ったように淡く光を発しました。これで部屋や景色が暗くても、地図を確認することができます。地図上の灰色の一帯が、森の広さを表しています。まだまだ森から出るには時間がかかりそうです。


 「……」


 何分も何分も、黙々と暗い森を進んでいきます。亜理紗ちゃんは地図から手を離してはおらず、窓の外にほのかに見えている木の影も揺れています。しかし、まだ出口は見えてきません。


 「……進んでる?」

 「一応、進めてる……」


 あまりに森を抜けないので、本当に進んでいるのかと知恵ちゃんは懐疑的になっています。どこまで行っても森を出られず、知恵ちゃんは暗い部屋の中で地図に目を近づけました。


 「……む」

 「……どうしたの?」


 亜理紗ちゃんの指先と現在地は地図上の森を指しているのですが、その位置は紙の右上から下方向へとずれています。それを知って、亜理紗ちゃんは自分たちの置かれている現状を把握しました。


 「森も動いてる!」

 「森が?」


 亜理紗ちゃんは部屋の角度を少し下げてみました。すると、木の根っこがヘビのようにうねって、重そうな木の幹を上手く運んでいるのがうっすらとうかがえまました。進む方向が悪いのではないかと、知恵ちゃんは方向転換をうながします。


 「森と違う方に行けば出られるんじゃない?」

 「でも、そしたら森の先にある光が見れない……」

 「……」


 亜理紗ちゃんがわがままを言い出し、すると知恵ちゃんも森の向こうの光の正体が気になってきます。とすれば、森を抜ける方法は一つしかありません。


 「スピードを上げるしかない」

 「アリサちゃん、できる?私がやろうか……?」

 「できる……大丈夫」


 むしろ、知恵ちゃんに任せたら、森の中を逆走すらしかねません。地図に穴が開きそうなほどの強さで、ぐっと亜理紗ちゃんは指を押しつけました。意外と丈夫なので、地図は破れたりはしません。部屋のスピードが上がるにつれて、窓の外を走る木々が、ゆっくりと後退していきます。しかし、まだ出口は見えてきません。


 「アリサちゃん。もっと急がないと出られないんじゃないの?」

 「……うん」


 知恵ちゃんが地図に手を伸ばし、亜理紗ちゃんは妨害されないよう紙を持って動かします。手伝いたい一心で知恵ちゃんは地図に触ろうとしてくるので、亜理紗ちゃんは横向きになりながら部屋を走らせています。


 「追いつかれてるよ……もっと速くしないと」

 「だ……大丈夫。ちーちゃん……私がやるから」

 「んん……手伝ってあげるから……」

 「やめ……やめ……」


その99の10へ続く

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