その99の4『旅の話』
「そろそろ行く?」
「まだいるかな……シカ」
先にリンゴを食べ終えた亜理紗ちゃんがベッドで待機していて、地図を開く時を今か今かと待ちかねています。金色の花畑にいた生き物がまだいるか気にしつつ、知恵ちゃんもベッドに戻って窓の外を見据えます。
「……」
二つ折りにしていた地図を開くと、窓の外に異世界の風景が広がりました。しかし、茶色い毛並みのシカもいなければ、金色の花も一輪も残ってはいません。なぜか、ちらほらと雪が降っていて、地面は真っ白に染まり切っています。
「……あれ?ワープした?」
「……アリサちゃん。場所が変わってるよ?」
「……あ」
亜理紗ちゃんの指さしている位置を確認します。現在地を示す黒い丸印が地図の中央にある星形の湖ではなく、右上のあたりへと移動していました。今いる場所から周囲へと向かって、徐々に地図の色が濃くなっているのが解ります。その色合いから見て、ここは山のてっぺんなのだと察しました。
「動物のいたところに戻る?」
「……ちょっと待って」
地図につけた指を動かして部屋を発進させ、亜理紗ちゃんは雪の中を進めていきます。部屋の中は夏の暑さなのに、すぐ外は極寒の雪山です。曇り空から降り注ぐ雪をじっと見つめて、知恵ちゃんは窓ガラスへと顔を近づけました。
「ちーちゃん。どうしたの?」
「……すごい冷えてる」
窓ガラスに手を押しつけます。雪の寒さで、ほのかにガラスは冷やされて、手のひらの熱が引いていきます。亜理紗ちゃんも知恵ちゃんに習って、窓ガラスに触ってみました。
「すごい冷えてる!」
「すごい冷えてる」
とても冷たいので、探検もそっちのけで窓ガラスの冷気を堪能します。扇風機の風とガラスの冷たさで、皮膚の温度は急激に下がり、ついに2人は窓から身を離しました。
「すごい冷えてきた……」
「うん。すごい冷えてきた……」
冷やしすぎてしまい、次第に体が震えてきました。かといって、窓から離れると夏の暑さが再来して、じわっと汗がにじんできます。どうしようかと考えた末、知恵ちゃんはタンスを開きました。
「アリサちゃん。これ」
「手袋だ」
軍手をはめて、窓ガラスに手をつけます。直接、窓に触ってはいないので、今度は冷えすぎることなく涼しむことができました。雪の白さと、ところどころに落ちている青い氷をのぞきながら、亜理紗ちゃんは片手で部屋を操縦して雪山を進んでいきます。
「ねえ、ちーちゃん。ここ……なんかあるけど」
亜理紗ちゃんが地図を指さしています。現在地を表す印の他に、地図上にはバツ印らしきものが描かれています。汚れかとも考えましたが、それにしてはくっきりとした形で地図に示されています。
「お宝があるのかも」
「行ってみよう」
宝が隠されているのではないかという知恵ちゃんの言葉を信じて、亜理紗ちゃんは黒いバツ印に向けて方向転換しました。数分後、黒い丸印がバツ印の上に重なります。窓の外に何かないかと、知恵ちゃんがヒザで立って、じっくりと見渡しています。
「……ちーちゃん。なんかある?」
「ないけど……んん?」
少しずつ少しずつ、部屋が雪に沈んでいきます。突如、ズサッと音がして、部屋の外が真っ暗になりました。雪の白色は全く見えませんが、部屋の照明にあてられて、どことなく茶色い土や石が見えます。それらが勢いよく、上に上にと流れていきます。
「アリサちゃん!山の中に落ちた!」
「穴だったのか」
窓の外は急激に落下している様子なのですが、部屋には揺れも重力も伝わりません。ビックリしている知恵ちゃんと違って、亜理紗ちゃんは客観的に窓をながめています。しばらくすると、茶色い土気が晴れて、急に外界には青い世界が広がりました。
「……」
氷、もしくは水晶でできた洞窟の中を部屋は更に落ちていきます。赤や金色、緑や紫、さまざまな宝石が、青くて透明な洞窟に光を与えています。その輝かしい光景を2人が数秒だけ目に焼きつけた後、また窓は土の茶色に戻りました。
「……やっと止まった」
落ちるところまで落ち着き、音もたてずに部屋は動きを止めました。知恵ちゃんは安心してベッドへと腰を下ろします。土でできた空洞の向こう側に光が見えたので、亜理紗ちゃんは部屋を真っ直ぐに進めていきます。
「……」
光の元へと辿り着くと、山の外に出ることができました。降り続いていた雪は弱まり、顔を出している太陽の光に2人は目を細めます。地図の現在地が山の頂上からふもとまで移動していて、ずっと山の中を落ちてきたと解ります。それを見て、亜理紗ちゃんは穴の正体を導き出しました。
「そっか。さっきの穴は……近道だ」
「私はワナだと思うんだ……」
その99の5へ続く






