その99の3『旅の話』
知恵ちゃんの運転では地中深くまでもぐっていきかねないので、代わりに亜理紗ちゃんが運転して部屋を水面まで戻しました。無事に湖のふちまで到着し、その湖の広さに改めて向き直ります。
「……でっかい水たまりだ」
「今、ここにいるのかな」
亜理紗ちゃんは地図の黒い丸が移動しているのを見て、これが現在地なのだと理解しました。すると、地図上にある白い星型の場所は、湖の形なのではないかとも予想がつきます。
「ちーちゃん。あそこ、なんかいるよ?」
「……なに?」
湖のほとりに茶色い毛並みの生き物が映っており、そちらを見ようと亜理紗ちゃんは地図に指をつけて部屋の向きを変えます。生き物はグネグネとしたツノを頭に生やしていて、シカのような見た目をしていました。深々と頭を下げて、湖の水面に口をつけているようです。
「もっと近づいてみよう」
近くで観察したいと考え、亜理紗ちゃんは部屋を動物に近づけます。もう目の前まで来ているのに、シカのような生き物は亜理紗ちゃんと知恵ちゃんに気づかず、湖の水を口に入れてノドを鳴らしています。
「……すごい飲んでる」
「……すごい飲んでるね」
生き物が水を飲み込むたび、細かった体がふくらんでいきます。知恵ちゃんは水を飲んでいると思って見ていましたが、それは飲むというよりは吸い込んでいるといった様子で、もう体は水風船みたくたぽたぽになっています。体がカバのように丸くなるまで水を取り込むと、生き物はゆっくりと移動を開始しました。
「追いかけてみるよ」
そう言って亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの部屋を上陸させ、水を飲んだ生き物を追跡していきます。生き物の足は速くはなく、森の中も明るいので見失う心配はありません。はずむ足取りで生き物は森の木々の間を進んでいきます。部屋は木にぶつかることもなく、せまいところも難なく通過できます。
「……」
亜理紗ちゃんが部屋を動かす方に集中しているので、知恵ちゃんは扇風機の位置と向きを変えて、風がベッドの上に届くよう調節しました。窓の外の景色の流れと扇風機の風で、どことなく移動している雰囲気が増します。
「……ちーちゃん。なんかキラキラしてきた」
「ほんとだ」
森を進んでいくにしたがって段々と木々が少なくなり、窓の外には金色の粉らしきものが舞い始めました。木でできたアーチをくぐった先へ出ます。森の奥にある景色を見て、亜理紗ちゃんが驚いた声を出します。
「……おお」
山岳地帯へと続く開けた平原、その一面の見渡す限りに、金色の花が咲き乱れていました。大きな花の中からは金の花粉が飛び立っています。花畑にうもれるようにして、茶色い毛並みの生き物がたくさん立っていました。
「……むううう」
水を含んで丸くなった生き物が1つうなり声をあげると、枝状に広がったツノの先から水が噴き出しました。水を浴びたお花は顔を上げて、太陽の光をぎゅっと吸い込みます。水をもらったお花の草葉に、すくすくと真っ赤な果実が実っていきます。
ツノから水を放出し、水をまいている動物も次第に体がしぼんでいきます。水が出なくなるまで待ってから、動物たちはお花についた果実をかじりました。
「自分で育てて食べてる。えらい」
果物を育てて食べている動物を見て、亜理紗ちゃんが感心しています。それと同時に、部屋のドアをノックする音が聞こえてきました。驚いて亜理紗ちゃんが地図をたたむと、窓の外の景色は見慣れた街と青空に戻りました。
「知恵。さっきもらったリンゴむいたよ」
「あ……うん。ありがとう」
亜理紗ちゃんの持ってきたリンゴをむいてお母さんが部屋まで持ってきてくれました。ジュースとリンゴの乗ったおぼんをもらい、知恵ちゃんが戻ってきます。美味しそうに果物を食べていた動物たちを思い出しながら、2人も皮のむかれたリンゴを食べて、しばし探検に休憩をはさみました。
その99の4へ続く






