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その99の1『旅の話』

 とある夏の夜のこと、知恵ちゃんは自分の部屋で宿題をしていました。プリントに解らない問題があったので、参考資料を取り出そうと勉強机のタナを開きます。机の中には去年まで使っていた教科書や、使い終わったノートなどが、たくさん入っていて、その中の1冊を人さし指で引き抜きました。


 「……?」


 取り出した教科書にまぎれて、茶色い紙の一角が顔を出しました。知恵ちゃんは教科書を机の上に置き、謎の紙を引っ張り出してみます。紙はノートなどの白い紙に比べて分厚く、手触りは布のようにザラザラです。はしっこは雑巾みたく毛羽だってます。二つ折りになっている紙を大きく広げてみました。


 紙の大きさは新聞の1ページ分くらいで、どこかの島の地図のようなものが描かれています。紙の表は茶色いですが、折りたたまれていた裏面は暗い色です。でも、表も裏も、描かれている絵は同じです。それは教科書に載っている日本の地図や世界地図と比べても、やっぱり地図の形が全く違います。


 「……」


 まず今は宿題を終わらせよう。そう考え直して知恵ちゃんは茶色い紙を折りたたみ、ペン立てのわきへと差し込みました。教科書を参考にして問題の解き方を調べ、10分程度で宿題を終わらせます。知恵ちゃんがエンピツを置いて程なくして、ドアをノックする音が聞こえてきました。


 「知恵。ごはんだよ。降りてきて」

 「うん」


 お母さんに呼ばれ、知恵ちゃんは部屋の電気を消してリビングへと向かいました。その日の夕食はハンバーグで、食後にはイチゴのショートケーキまでありました。食事に大いに満足したこともあり、知恵ちゃんは地図の描かれていた紙の事は忘れて、そのままリビングでテレビを見ていました。


 テレビではバスで旅する番組が放送されています。芸能人のトークする背後、バスの窓の外には都会の街並みが流れていきます。番組の途中でお風呂が沸けたので、知恵ちゃんはお風呂に入ってパジャマに着替えました。


 「おやすみなさい」

 「おやすみ」


 お父さんとお母さんに声をかけて寝室へと戻ります。寝る前に明日の学校の準備をした際、地図の描かれた紙のことを思い出しはしましたが、もう今日は眠いので興味が出ません。電気を消してフトンに入ると、すぐに知恵ちゃんは眠ってしまいました。


 「ちーちゃん。おはよう」

 「おはよう」


 次の日の朝、いつものように知恵ちゃんは亜理紗ちゃんと一緒に登校します。今日は天気がよくて気温も高いので、早く日陰に入りたい気持ちが足を速めます。学校では宿題の答え合わせも問題なく、給食には冷凍のおやつが出ました。平和な一日を送ります。


 「ちーちゃん。帰ろう」


 別のクラスから亜理紗ちゃんがやってくるのを待って、知恵ちゃんは一緒に学校から出ました。学校の中は比較的、涼しかったものの、太陽の下は汗ばむ暑さです。


 「すずしいところに行きたい……」

 「どこ?」


 亜理紗ちゃんがポツリと言いますが、具体的に場所を聞かれても、どこに行きたいかまでは考えていません。知っている中で最も涼しそうな場所を探して、亜理紗ちゃんは適当な答えを返しました。


 「コ……コンビニ」

 「コンビニは涼しいけど……ずっといると迷惑になりそう」

 「ちーちゃんの部屋って、クーラーあるの?」

 「ない」


 知恵ちゃんの部屋は窓を開けておけば風通しがいいので、エアコンは設置されておりません。でも、最近は少し熱くなってきたので、お父さんが扇風機を持ってきてくれていたのを思い出しました。


 「今、私の部屋に扇風機あるんだ」

 「遊びに行っていい?」

 「帰ったら、お母さんに聞いてみる」


 知恵ちゃんは家に帰り、亜理紗ちゃんと遊ぶ事をお母さんに伝えます。それから少しして、家のインターホンが鳴ります。


 「ちーちゃん。入っていい?」

 「うん」


 亜理紗ちゃんはふろしきを持ってきていて、中には真っ赤なりんごが包まれていました。それを知恵ちゃんのお母さんに渡します。


 「もらっていいの?」

 「たくさんあるから持っていってって言ってました」


 持ってきたリンゴをリビングのテーブルに置いて、ふろしきだけ持って2人は知恵ちゃんの部屋へと向かいます。なんでビニール袋じゃないのかと知恵ちゃんは疑問でしたが、亜理紗ちゃんがふろしきをマントのように羽織ったのを見て、なんとなく理由を察しました。


 「ちーちゃん。マントの前、むすんで」

 「うん」


 知恵ちゃんの部屋に入ると、亜理紗ちゃんは扇風機の前にしゃがみこみました。知恵ちゃんがボタンを押します。扇風機の羽が回り出し、前方に風を送り出します。


 「……」

 「……」


 風は亜理紗ちゃんの髪を吹いてはいますが、マントをなびかせるほどの力はありません。しばらくねばった末、亜理紗ちゃんはマントをつけたまま、残念そうにベッドの横へと背もたれました。


その99の2へ続く

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