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その97『あれの話』

 「……」


 今日の空は晴れてもおらず、雲は多いながらも青空はのぞいており、空気の湿り気からは雨の気配すら漂います。そんな朝の空気を小さく吸い込みながら、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんは学校へと向かっていました。


 「……ちーちゃん。昨日の、おぼえてる?」

 「あれのこと?」

 「そう」


 昨日、2人は学校から帰ったあと、家の近くの広場で遊んでいました。その時、知恵ちゃんのカバンについていた紫色の石が光り出し、どこか知らない場所へと導かれたのです。そこで見た光景を思い出しながら、亜理紗ちゃんは腕組みしつつ話し始めます。


 「昨日、見たあれって、やっぱり大きい生き物だったのかな?」

 「動いてたから、生きてたんじゃないの?」

 「2人いたよね?」

 「3人いなかった?空にもいたし」

 「あれもなの?」


 今までも、2人は何度も異世界へ迷い込んだ経験はありました。でも、今回の遭遇したものは他の比ではないくらい奇妙で、どこからが風景なのか、どれが生き物だったのか、それすらも把握できてはいませんでした。そして、それらが何をしていたのかすら知恵ちゃんには疑問です。


 「バシンバシンって音もしてたけど、なにをしてたんだろう……」

 「ええと……戦ってたんじゃないかな」

 「……誰と誰が?」

 「右のあれと、左のあれ」

 「じゃあ、上のは?」

 「上のあれは……あんまり動かなかったから、戦ってるのを見てただけ」


 亜理紗ちゃんは昨日のそれに漠然と、右のあれと左のあれ、上のあれと名付けますが、その境目は曖昧です。もしかすれば、右のあれと左のあれは繋がっていて、同じあれかもしれません。上のあれも、同じあれの可能性があります。もしかすると、もっと他のあれもいたかもしれません。なお、生き物らしきもの以外にも、知恵ちゃんは気になるものがあったようです。


 「ちょっと遠くの方にも何かあったけど……それは?」

 「えっと……細いあれ?太いあれ?」

 「どっちも……」


 右と左と上。それとは別に、小さく見えていたものがありました。知恵ちゃんは遠くにあると表現しましたが、亜理紗ちゃんは違うのではないかと考えています。


 「あれは遠くじゃなくて、小さいのが近くにあったと思うんだけど」

 「近くって、どのあたり?」

 「すぐ目の前」

 「え……目の前?」


 知恵ちゃんは亜理紗ちゃんの言葉に戸惑いつつ、歩く足を止めました。空に浮かんだ雲を見て、その距離を確かめるようにして手を伸ばしました。ちぎれた小さな雲が目の前にあるとして、だましだまし、雲を掴み取ろうとしてみます。でも、やっぱり雲は遠くにあって、知恵ちゃんの指には触れすらしません。


 「アリサちゃん。私、目はいい方だと思うんだ……」

 「私も」


 2人とも、メガネをかけなくても問題ないくらい視力はいいほうです。それなのに昨日の光景を思い出すと、視界がくるったように錯覚してしまい、ピントを調節するみたいに2人は目をこすってしまいます。


 「……」


 もうすぐ学校に到着します。考えれば考えるほど、意見をかわして相談するほどに、それは答えから遠ざかっていきます。最後に知恵ちゃんは、核心にせまるといった口調で尋ねました。


 「結局、あれ……何だったの?」

 「わからない……」

 「……」


 学校に到着します。玄関でクツをはきかえ、教室の前まで行けば、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんはひとまずお別れです。その直前、今度は亜理紗ちゃんが知恵ちゃんに、今回の件で最も大切なことを質問しました。


 「ちーちゃん……あれ、もう一回、見たい?」

 「いや……いい」

 「……私も」


 あれです。


その98へ続く

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