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その96の2『スポンジの話』

 お母さんたちはポットで紅茶を入れ、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんはジュースを飲みます。チーズケーキはナイフを入れただけで潰れるくらい柔らかく、お皿に取り分けてもらったものはショートケーキなどよりも少し大きく見えます。


 「いただきます」


 ケーキの上側は、うすく焦げ目がついて、なのにしっとりと光っています。ナイフを入れた切り口は、まるで白い毛布のようです。三角に切り出されたケーキの先の、細くなっている部分をフォークで切って、小さめのかけらを口へと入れてみます。


 「ん。おいしい」


 こんなに美味しいものがあったとはと、知恵ちゃんはもったいなさそうに、うすくうすく切って食べています。台所に置かれた2つの白い箱には、小さな金色の文字が書かれていて、2つとも同じケーキ屋だと解ります。


 「先週オープンしたって聞いて、ちょっと行ってみたんだけど」

 「はい。デパ地下にあるお店ですよね」


 お母さんたちの会話からするに、お店は新しくできたもののようです。ただ、そんなことは知恵ちゃんには関係のないことで、食べるたびにケーキの形が小さくなっていく方が問題です。とてもおいしかったので、すでに亜理紗ちゃんは食べ終わってしまいました。


 「アリサ。もう1個、食べる?」

 「いいの?」


 先に食べ終わった亜理紗ちゃんが2個目をもらったので、知恵ちゃんもフォークで転がしていた最後の一かけらを口に入れ、もう1個のおねだりをします。


 「私も欲しい」

 「知恵は、ごはんが入らなくなるでしょ。フォークなめるのやめなさい」

 「もうちょっとだけ欲しい……」

 

 うらめしそうな知恵ちゃんに負けて、お母さんは小さな1切れをお皿に乗せてくれました。でも、さっきの半分くらいしか大きさがないので、知恵ちゃんは更に用心して、口の中で溶かすようにして食べていました。

 

 「まだ家にあるから」

 「うん……」


 知恵ちゃんはご飯は他の人より多くお腹に入らないので、お菓子を食べる時も、やっぱり人より多くは入りません。まだ食べたい気持ちはありましたが、しぶしぶ3切れ目は断念しました。お母さんたちがお茶をしながらおしゃべりを始めたので、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは別の部屋で遊ぶ事にします。


 「ちーちゃん。なにする?」

 「……う~ん」


 知恵ちゃんは初めて食べたスフレチーズケーキの余韻にひたっており、まだ亜理紗ちゃんと遊ぶモードに切り替えができておりません。亜理紗ちゃんが適当におもちゃ箱を探り始めますが、すると窓の外から、タンタンと音が聞こえてきました。カーテンを引いてみます。


 「……雨だ!」

 「雨?」


 そんなに雲もなかったはずなのに、いつの間にか空は雨模様に変わっています。でも、洗濯ものや夕食の買い出しに問題はないらしく、壁の向こうから聞こえてくるお母さんたちの声に焦りはありません。雨は次第に強くなり、雨粒も大きくなってきました。


 「……あれ、大丈夫かな」

 「……あれ?」

 「外に落ちてたケーキ」


 チーズケーキの件で、すっかり知恵ちゃんは忘れていましたが、家の前にスポンジに似たものを置きっぱなしにしてきたことを思い出します。雨で流されたりぬれたりすると、どうなるのか。亜理紗ちゃんは様子を見に行こうと考えます。


 「見に行く?」

 「行くの?」


 玄関に置いてある傘を開き、2人は同じ傘の下に入って外へ出ます。すでに水たまりができる程度には雨が降っており、屋根からもだらだらと雨水がたれています。それをかいくぐって、2人はスポンジのようなものを探しました。


 「どこに置いたっけ?」

 「家の横の方」


 知恵ちゃんが亜理紗ちゃんの家の壁の近くを指さします。そこにはスポンジらしきものが残っていました。雨水を吸って、2倍ほどの大きさにふくらんでいます。丁度、スフレチーズケーキ一切れ分くらいのサイズです。


 「大きくなった……」

 「バケツに入れておく?」

  

 ここに置いておくと流されてしまうと考え、亜理紗ちゃんは屋根の下に置かれていたバケツを持ってきます。知恵ちゃんが傘持ち係を引き受け、亜理紗ちゃんは片手でスポンジをひろいあげようと試みました。しっかりと指はスポンジにくいこんで、でもなかなか地面からは離れません。不思議に思い、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんに声をかけました。


 「……どうしたの?」

 「……重い」

 「……?」


 大きくなったとはいえ、それは手のひらサイズです。そんなに重い訳がないと、今度は知恵ちゃんが手を伸ばしました。


 「……」


 ぎゅっと指が食い込んで、水があふれ出します。でも、スポンジは一向に持ち上がりません。こんなに小さなものなのに、ずっしりと重さがあります。


 「……重い。どうする」


 それの重さに驚きつつ、知恵ちゃんも早々に諦めます。しかし、重いのですから、とりあえず雨に流される心配もありません。というわけで、亜理紗ちゃんは数秒ほど考えた末に、適当な答えを導き出しました。


 「……このままにしておこう」


その96の3へ続く

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