その93の6『お風呂の話』
空からは滝のお湯がザバザバと降り注いでいて、温泉の周囲にはシャボン玉や霧がかかっています。細かな水の粒が肌につき、温泉の熱が伝わってきます。滝の勢いで波うった温泉には泡が立ち込めており、金色のラッコが泡の流れにプカプカと揺られています。
「気持ちよさそう」
「……あれ?なんか来た」
泡だらけの景色の向こうから、白い毛並みの生き物が飛びはねながらやってくるのを亜理紗ちゃんは見つけました。その丸いうさぎさんが温泉に飛び落ち、お雑煮のおもちみたいにお湯に浮かびます。続けて、お猿さんのような動物もやってきて、近くにある小さな滝に打たれ始めます。
温泉は滝の流れと底から湧いてくる泡で、炭酸のようになっています。お湯は透きとおり、キラキラと輝いています。知恵ちゃんと亜理紗ちゃんが温泉の外からながめているだけで入ってこないのを知り、金色のラッコが眠たそうな目を2人に向けます。
「……ちーちゃん。入る?」
「う~ん……」
これだけ色々な動物が入って問題ないのですから、人が入浴しても問題はなさそうです。ラッコがチラチラと2人を見てくるので、亜理紗ちゃんは誘いに乗ってお湯に足をつけてみます。最初は特に反応もなかった亜理紗ちゃんでしたが、次第に体をぷるぷると震えさせました。
「あ……ああー」
「ど……どうしたの?」
「……くすぐったい」
くすぐったいと言いながらも、そのまま亜理紗ちゃんはお湯に肩まで入っていきます。近くに浮いている丸いうさぎさんにも手を伸ばして、もちもちしている柔らかな毛をなでまわしています。
「あ……アリサちゃん。大丈夫なの?」
「……うん。慣れてきた」
泡でくすぐったかったのは最初の数秒で、すぐに肌に慣れたようです。くすぐったいのは怖いのですが、知恵ちゃんもうさぎさんを触ってみたい気持ちの方が強いらしく、恐る恐る温泉へと入っていきます。腰の辺りまで入って、知恵ちゃんは体を動かせなくなりました。
「あ……ああー。くすぐったひ……」
「うん。でも、すぐ慣れるんだ」
「……慣れてきた」
亜理紗ちゃんが言った通り、くすぐったさは、あっという間になくなってしまいます。亜理紗ちゃんから丸いうさぎさんをもらい、ぬれてぺちょぺちょになっているうさぎさんの毛をもんでみます。
「おもちうさぎ」
「おもちうさぎだ」
ひとしきりなでてあげた後、知恵ちゃんはうさぎさんを放流しました。滝に打たれていたお猿さんも2人の近くに入ってきて、ぐったりと岩にもたれて目を閉じています。ラッコも流されてすみっこに追いやられつつ、それも気にせず浮かんでいます。みんな気持ちがよさそうです。
「……そうだ。あっち行ってみる」
もっと泡のブクブクを楽しみたいと考え、亜理紗ちゃんが滝の方へと泳いでいきます。滝の近くは少し深くなっていますが、亜理紗ちゃんでも普通に足がつく程度です。
「……ひゃあああぁぁ」
滝から飛んでくる飛沫に目を細めつつ、声を震えさせながら亜理紗ちゃんは戻ってきました。
「そんなにくすぐったかったの?」
「……ちょっと、あっつかった」
滝つぼの付近は温度がわずかに高く、亜理紗ちゃんは逃げるようにして戻ってきました。そして、ぬれててろんてろんになっているうさぎさんをまた、両手で触って遊んでいました。知恵ちゃんが風景に目を向けると、なにか大きいものが歩いてくるのが見えてきました。
「あ……また何か来た」
「……なに?」
泡いっぱいの景色の中から、二足歩行のゾウみたいな生き物が現れました。体の大きさは知恵ちゃんたちのお父さんより何倍も大きくて、温泉に入ったらお湯があふれてしまいそうです。あふれたお湯に流されないよう岩につかまり、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんはゾウの入浴にそなえます。
「……」
ゾウは足の先だけお湯につけて、ピリリと体を身震いさせました。結局、踏みとどまって温泉には入らず、ポカポカと体を赤くさせながら去っていきました。
「ちーちゃん……あのゾウさん。熱かったのかな?」
「あつがりのゾウさんだ……」
その93の7へ続く






