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その93の5『お風呂の話』 

 金色でピカピカのラッコが、お腹に乗せた丸い石につかまって浮いています。眠っているのか、目を閉じたまま動きません。温泉に先客がいるのを知り、亜理紗ちゃんは音をたてないように、そっと足を引いて様子をうかがいます。


 「……あ」


 亜理紗ちゃんが見つめている目の前で、温泉に浮かんでいるラッコの体は石につかまったまま、ぐりんと引っ繰り返ってしまいました。現れたラッコの背中は、白いお湯にぬれて銀色にキラキラと光っています。しっぽもだらんとしています。お湯の中に入ってしまった顔の辺りからは、こぽこぽと空気の泡が上がっています。


 「……ちーちゃん。ラッコさん、死ぬんじゃないの?」

 「死ぬの?」

 「息ができないし」

 

 好きで温泉で眠っていたラッコなのに、温泉でおぼれる訳がないと知恵ちゃんは思っています。でも、お湯に顔をつけたまま、ラッコは上を向きません。ずっとブクブクしています。すると、亜理紗ちゃんを引きとめていた知恵ちゃんの方が先に、白い温泉へと足を入れました。


 「ちーちゃん。行くの?」

 「だだだ……だって、アリサちゃんが」

 

 ラッコを助けようと手を伸ばしたところ、ラッコは体をよじらせて自分で上向きに戻りました。顔の毛はお湯にぬれてしなびていますが、まだ目は閉じたままです。結局、ラッコには何事もなかったので、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは温泉に足だけ入れたまま、呆然とお湯を見下ろしていました。


 「アリサちゃん……お湯に入っちゃった」

 「じゃあ、入っちゃったら仕方ない」


 白いお湯に素足で入っても、かゆくはなったりしません。肌触りはさらさらとしていて、熱さも適温です。折角なので、そのまま2人は肩までお湯につかってみました。


 「いい湯だ……そうだ。温泉に入る時は、こうするんだって」

 「……?」


 亜理紗ちゃんは体をかくしていたタオルを折りたたんで、頭の上に乗せます。それをマネして、知恵ちゃんもタオルを頭に乗せました。2人の目の前に浮かんでいるラッコは石にしがみついたまま、ぐらぐらと揺れています。また引っくり返りそうになりますが、なんとか持ちこたえています。そのたびに、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは手をのばして助けようとしていました。


 「……」


 体がポカポカしてきて、知恵ちゃんの顔が紅潮してきました。温泉に入って5分くらい経った頃、急にラッコは小さくて丸い目を開いて、温泉を泳ぎ始めました。ふちの岩をのぼって、お湯から出ていきます。お湯の中を歩きながら、亜理紗ちゃんはラッコを追いかけていきます。


 「……出ていっちゃう」

 

 お風呂から出たラッコは、ぬれてペタンとした毛をひきずって、温泉の周囲をおおっている泡の向こうへと進んでいきます。どこへ行くのかと気になった2人もお風呂から出て、ラッコの後ろをついていくことにしました。


 「まだあっつい……」

 「ちーちゃん。体が真っ赤」


 亜理紗ちゃんよりも知恵ちゃんは肌が白いので、お風呂でポカポカに温かくなった体は、つやつやと赤く火照っています。温泉の効能もあって熱さが抜けず、風で冷まそうとタオルを体の前でパタパタさせていました。


 「……?」


 もこもこした泡の奥から、ざばざばと水が落ちる音が聞こえます。目の前をはいながら進んでいたラッコが、もぐりこむようにして、どこかへいなくなりました。視界をおおっていた泡がはけて、代わりに温かな飛沫が2人の体に当たりました。肌についた水滴を指で取りながら、その温かさを知恵ちゃんは確かめています。


 「お湯だ……」


 目の前には別の温泉が広がり、ラッコは先程と同じ姿勢でお湯に浮かんでいました。温泉の上には雲がかかっています。その向こうへ目をこらすと、空高くから勢いよく、お湯が流れ込んでいるのが解りました。ざわざわと波立つお湯にされるがまま、またラッコは目を閉じて揺られています。


 「ちーちゃん……滝だ」

 「滝のおふろ……」

その93の6へ続く

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