その93の3『お風呂の話』
なかなか船のオモチャが見つからないので、2人は脱衣所で服を脱いで、先に体を洗ってしまうことにしました。知恵ちゃんは家でお風呂に入ってきましたから、持ってきたシャンプーとボディソープで簡単に体を流す程度にします。亜理紗ちゃんは一生懸命、わしゃわしゃと体をキレイにしていました。
「ちーちゃん。髪で遊んでいい?」
「あんまりゆっくりしてると、泡がなくなるんじゃないの?」
「あ……そっか」
一緒にお風呂に入ると、必ず亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの長い髪をシャンプーで泡まみれにして遊びたがります。でも、今日はお風呂の泡で遊ぶのが目的なので、いつもより早めにふれあいを切り上げて、2人はお風呂の方へと意識を向けました。
「……オモチャ、そっちにいた?」
「……いた!」
ふむと危ないので、お風呂に入れたオモチャを泡の中から救出します。泡を探り探りかきわけていくと、お風呂の角の方に押しやられた難破船が見つかりました。亜理紗ちゃんは船のオモチャを手に持って、深い泡の中に足を沈めていきます。
「泡、どんな感じ?」
「なんか、天国って感じ」
「……どんな感じ?」
指ですくい取れば、つのが立つほどの泡です。亜理紗ちゃんはお風呂のはしに寄って、知恵ちゃんにも中に入るよう誘います。
「どうぞ」
「おじゃまします」
知恵ちゃんも泡の中にオジャマします。分厚い泡を抜けた下には温かいお湯があります。お風呂に座り込んでしまえば、知恵ちゃんは首元まで泡にうもれてしまいます。
「天国って感じだ」
「でしょ?」
入ってみてやっと、亜理紗ちゃん言っていた感じが伝わりました。息を吹いて泡を飛ばし、亜理紗ちゃんが知恵ちゃんの頭上に飛ばしてみます。綿にも似た泡が雪のように降ってきます。
「ちーちゃんに、泡のぼうしを作るね」
「あ……ありがとう」
「……ちょっと足りない」
泡を持ち上げて知恵ちゃんの頭に乗せます。ちょっと足りないので、追加で乗せます。泡からお湯が落ちて、知恵ちゃんの顔がびしょびしょです。やっと泡のぼうしが完成しましたが、水気が多くて泡もたれてきます。
「……」
「ちーちゃん。かわいい」
あまり出来栄えがよくなかったので、ほめながらも亜理紗ちゃんは泡のぼうしを取り除いています。そうして泡で遊び、亜理紗ちゃんに遊ばれている内、次第に泡も少なくなっていきます。お湯もぬるくなってしまい、そろそろ出ようかと知恵ちゃんは水面を見下ろしています。
「……じゃあ、足してみる?」
「……ん?」
「泡とお湯」
亜理紗ちゃんは少なくなってしまった泡を復活させようと、入浴剤のボトルを指さしています。でも、勝手に入れてお母さんに叱られるのもイヤなので、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんを止めます。
「もっと遊びたかった……」
「また、別の日にしよう」
お風呂に残った泡を手でかき集めて、亜理紗ちゃんは名残惜しそうに船のオモチャに乗せています。知恵ちゃんは自分の髪についている泡をいじっています。そうしている中で、お風呂場にシャボン玉が浮いているのを知恵ちゃんは見つけ、目で追いかけていました。それは、どんどん増えていきます。
「……ちーちゃん。泡がすごい」
「……入浴剤、入れた?」
「入れてないけど」
気づけば、お風呂にはカラフルな泡が並々と復活していて、風もないのに部屋の中を飛びまわっています。お風呂の底からは、まるで押し上げられるような感覚があります。次第に泡がお風呂場いっぱいにあふれ、すぐ目の前にいる亜理紗ちゃんの姿すら、知恵ちゃんには見えなくなってしまいました。
その93の4へ続く






