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その93の2『お風呂の話』 

 「お母さん……アリサちゃんのうちで、お風呂に入ってきていい?」

 「……お風呂?」


 知恵ちゃんは家に帰り、亜理紗ちゃんの家のお風呂に入ってきていいかとお母さんに聞きました。家のお風呂の広さに不満があるのかと疑問に思ったお母さんも、入浴剤のお話を聞いて納得しました。


 「じゃあ、お母さんはアリサちゃんの家に電話しておくから、シャワー浴びてきて」

 「シャワー?」

 「汚れた体で行って失礼するとよくないし……」


 あくまで泡の入浴剤で遊ぶのが目的なので、体をキレイにするのは家で済ませておくようにとお母さんから言われます。知恵ちゃんの髪は長いので、先に洗っておいた方が、亜理紗ちゃんの家の排水溝にも優しいのです。


 「お湯、出る?」

 「もう出るよ」


 お母さんにシャワーの温度を調整してもらい、知恵ちゃんは頭と体を洗い始めました。シャンプーをつけて頭をごしごししていると、壁越しに電話をしている声が届きました。お風呂で遊ばさせてもらうので、お母さんが亜理紗ちゃんのお母さんへと電話でアイサツをしているようです。


 「……」


 汚れたままでは迷惑をかけると考え、知恵ちゃんは頭を2回、体も2回、丁寧に洗いました。シャワーを終えた知恵ちゃんは、これからお風呂に入りに行くとは思えないほど、体がツヤツヤです。洗濯した服へと着替えも済ませます。


 「先にごアイサツしておいたから、これとバスタオルと持っていってね」

 「うん。行ってきます」


 お母さんから渡された小さな手さげバッグには、バスタオルやスポンジ、小さなボディソープやシャンプーのボトルが入っています。ややくもった空の下を通って、すぐとなりにある亜理紗ちゃんの家へと向かいます。


 「おじゃまします。あれ……アリサちゃん。もうシャツなの?」

 「すぐお風呂に入るし」


 亜理紗ちゃんはすでに白いシャツ姿で、お風呂に入る準備は万端です。亜理紗ちゃんのお母さんにお風呂に案内してもらうと、勢いよく水の流れる音が聞こえてきました。


 「アリサ。お湯がたまったら蛇口をとめて、それを入れてね」

 「うん」


 亜理紗ちゃんのお母さんが指さしたのは、ワインのボトルに似た入れ物でした。飲み物らしきものがお風呂場の中に置いてあるので、知恵ちゃんは不思議そうな顔をしています。


 「……アリサ。ジュースじゃないから、飲んじゃダメだからね」

 「うん。飲まない」

 「入れすぎると泡だらけになるからね」

 「うん。入れすぎない」

 「……大丈夫?」

 「うん」


 亜理紗ちゃんに色々と注意するも、やっぱり心配になったので入浴剤はお母さんが入れてくれることになりました。ボトルのフタを開けて、まだお湯を入れている途中のお風呂に入浴剤を流し込みます。小さな泡がお風呂にわき立ち、お花のような甘い香りが広がりました。


 「長く入ってのぼせないようにね」

 

 お母さんがお風呂場から出てリビングへ戻っていくと、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんも服を脱いでお風呂場へ入りました。お風呂のお湯がたまるまで少しかかりそうなので、その様子を2人はじっくりと観察しています。


 「……そうだ。あれも入れておこう」

 「あれ?」


 亜理紗ちゃんはシャンプーの置いてある台から船のオモチャを持ち出します。お風呂に浮かべてあげると、船はお湯の流れに漂い始めました。蛇口からお湯の落ちた場所を起点として、どんどんと泡が増えていきます。


 「もうお湯が見えない」

 「お湯も止めるね」


 亜理紗ちゃんが蛇口から流れ出ているお湯を止めます。お風呂の上には、ピンク色の泡がいっぱいです。水面が見えなくなるほどのモコモコ泡をすくい取り、知恵ちゃんは手でこねて遊んでいます。亜理紗ちゃんは泡だらけのお風呂を見つめて、何かを探しています。


 「アリサちゃん。どうしたの?」

 「……船」

 

 泡が多すぎて、船のオモチャも埋もれてしまったようです。どこかには浮かんでいるはずなのですが、泡を手で寄せたり、持ち上げたりしてみても、どこにもありません。しばらく捜索した後に、亜理紗ちゃんは少し困ったようにつぶやきました。


 「……遭難した」


その93の3へ続く

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