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その93の1『お風呂の話』 

 「夏休み、どこか行った?」

 

 夏休みが終わり、知恵ちゃんは久々に学校で友だちと顔をあわせました。どのように長期の休暇を過ごしたのかと、桜ちゃんが話題を振っています。すっと手を上げて、百合ちゃんが思い出話を始めました。


 「私、夏休み始まってすぐ、旅行に行ったよ~。飛行機に乗ったの」

 「お……落ちなかった?」

 「知恵。飛行機が落ちてたら、百合はここにいない……」


 知恵ちゃんは未だに、あんな大きなものが空を飛ぶことに疑いを持っています。それからどうしたのかと、桜ちゃんは百合ちゃんのお話をうながしました。


 「どんなところに行った?」

 「神社とか見たり、買い物したりして、大きいところに泊まったの。お風呂が広くて、プールみたいだった~」

 「プールみたいな温泉……ラッコはいた?」

 「知恵。プールにラッコはいないぞ……」


 知恵ちゃんの家から少し離れた場所には大きな銭湯があり、その看板には温泉に浮かんだラッコが描かれています。そのため、知恵ちゃんの認識ではラッコは温泉にいるものとなっています。ラッコの看板がついた温泉があるのを承知の上で否定しつつ、桜ちゃんは質問を訂正します。


 「お猿はいた?」

 「いや、お猿もいなかったよ?」


 ラッコもお猿もいないと知り、知恵ちゃんと桜ちゃんは期待し過ぎたとばかりに顔をムッとさせていました。とはいえ、知恵ちゃんたちは地域の名産品や名所に詳しくなく、実際に行った百合ちゃんも語れるほどではありません。なので、そのままお風呂の話題をふくらませます。


 「百合はラッコ温泉、行ったことある?」

 「ない。どんななの?」

 「滝のおふろとか、泡のお風呂とかあって」

 「泡のお風呂って?」

 「お風呂の下から泡が出てるお風呂」


 泡のお風呂とはいっても、ただ温泉の底から空気が吹き出しているだけで、シャボンが飛び立つほど泡立っている訳ではありません。ただ、百合ちゃんは桜ちゃんのお話を聞いて、もこもこの泡が浮いているお風呂を想像しています。泡風呂に加えて、知恵ちゃんは別のお風呂も百合ちゃんに教えます。


 「ラッコ温泉の2階に行くと、水のお風呂がある」

 「冷めたお風呂なの?」

 「最初から冷めてる、冷たいお風呂なの」

 「プールじゃないの?」

 「プールじゃなくて、冷たいお風呂なの……お風呂なの」


 百合ちゃんに言われて初めて、冷たいお風呂がなんのためにあるのか、知恵ちゃんは自分の言葉に疑問が生じました。そんなお風呂の話をした帰り道、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんともラッコ温泉のお話をしました。


 「アリサちゃん……ラッコ温泉の2階の、冷たいお風呂ってなんのためにあるの?」

 「あっついお風呂に入って、あっつくなったら2階に行って飲む」

 「絶対に違う……」


 せっかく温まった体を水に入れるという考えに及ばず、2人とも水風呂の謎が解き明かせないまま帰路を辿りました。そんな中で、亜理紗ちゃんは泡のお風呂について何か思い出します。


 「そうだ……うち、泡のお風呂あるんだけど」

 「泡のお風呂?」

 「入れると、お風呂がシャンプーみたいになる。すごい」


 お風呂がシャンプーの泡のようなものでいっぱいになる。そんな入浴剤があると聞き、知恵ちゃんは空に浮かんだ雲をながめていました。家の前に到着し、亜理紗ちゃんは泡ぶろを知恵ちゃんにも見せてあげられないかと思い提案します。


 「一緒にお風呂に入っていいか、お母さんに聞いてみる」

 「いいの?」

 「待ってて」


 そう言って亜理紗ちゃんは家に入って行き、数分で戻ってきました。お母さんの許可が出たことを伝えます。


 「『初恋のジュエリーローズ』の香りしかないけど、それでもいいならいいって」

 「どんな香りなの……」


 入浴剤のボトルに書いてあった通りに言ったものの、逆に知恵ちゃんにはしっくりきませんでした。


その93の2へ続く

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