その90の2『あやしい話』
あやしい人影は声も出さずに、細くて骨のような手で2人をまねいています。首を動かすとお面についたアクセサリーがカタカタと鳴り、それだけが笑い声にも似て聞こえます。
「ちーちゃん……行ってみる?」
「あやしいからダメ……」
あやしい人にはついて行ってはいけないと、学校の帰りの会でも言われたばかりです。それに、他の人の家の敷地に入ってはいけないとも、お母さんたちに注意されています。なので、どんなに呼ばれても近づくわけにはいきません。
「アリサちゃん。行こう……」
「うん」
亜理紗ちゃんは怪しい人影に興味津々ですが、知恵ちゃんに手を引かれて駄菓子屋さんへ足を進めました。公園の前を通り、ものの数分で駄菓子屋さんへと到着しました。他の子どもたちに混ざって、2人はお菓子と値段をながめています。
「アリサちゃん。これ、20円だけど」
「これとかどうかな?」
「それ……50円するけど」
小さなものをたくさん買うより、ちょっといいものを1つ買う方が満足感がありそうなので、亜理紗ちゃんは手持ちの80円ギリギリで買えるものを探しています。
「なかなかないなぁ……」
「……これは?」
知恵ちゃんが手のひらほどもある大きなチョコレートを見つけ、そちらは70円で丁度いいお値段でした。チョコを買うと亜理紗ちゃんが決め、知恵ちゃんも同じものを購入します。他にも知恵ちゃんは3個入りのガムを買って、その中の1つを亜理紗ちゃんにあげます。
「ガムの1個はハズレだって」
「……すっぱい」
珍しく亜理紗ちゃんがハズレのガムを引いて、あまりのすっぱさに口元を押さえています。学校が終わったあとなので、駄菓子屋さんにくる子どもたちも多く、すれちがうのも難しいくらい店内が混んできました。もう中に入るのは難しいと見て、2人は買ったお菓子を持って家に帰る事にしました。
「……」
帰り道、亜理紗ちゃんは少し小走りに進み、家と家の間をのぞきました。亜理紗ちゃんの様子を気にしつつも、知恵ちゃんも同じく暗いすきまを見つめます。
「まだいる?」
「いる」
先程までは顔を見せていただけだった謎の人物が、今度はゆらゆらしながら家と家の間に立っていました。首をかしげて見せたり、お面をカタカタと動かしたりしながら、また2人を手招きしています。
「気になる……」
「アリサちゃん……行ったらダメだよ」
やはり、あちらからは近づいてはきません。ただ、誘うようにして2人へ向けて手を動かしているだけです。その姿は小さいので2人は怖がりもしませんが、近づいたら何をされるかも解りません。
「……こっちも手を振ってみようか?」
「……え?」
亜理紗ちゃんも相手をマネして手招きしてみます。すると、あちらは少しだけ動きを止めて、亜理紗ちゃんの手の動きを目で追っている様子でした。でも、やっぱり家と家の間からは出て来ず、また手招きを始めました。
「う~ん……アリサちゃん。そろそろ行く?」
「……ばいばい」
さようならの意味を込めて手を振り、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんを追いかけました。後ろを振り返ってみても、謎の人物は追いかけては来ません。そのまま何事もなく家に帰り、今日は亜理紗ちゃんが知恵ちゃんの部屋にお邪魔しました。
「……ちーちゃん。あれ、誰だったんだろう」
「あやしいから、あそこはあんまり通らないようにしよう」
あやしい人がいるので、しばらくは駄菓子屋さんにも行かないと決めます。買ってきたチョコを食べ始めるのですが、すると亜理紗ちゃんはチョコと一緒に1枚の紙が入っているのを見つけました。
「ちーちゃん……これ」
「……なに?」
「当たっちゃった……」
亜理紗ちゃんの買ったチョコに入っていたのは、同じチョコをもう1個もらえる当たりくじでした。それを使う為には、近いうちに駄菓子屋さんへ行かないといけません。
「しばらく、お店に行かないって決めたのに……」
「ごめん。当たっちゃった……」
「私は、はずれた……」
その90の3へ続く






