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その89の3『泡の話』

 シャボン玉に入れば空を飛べる。そんな幻想が打ち破られ、亜理紗ちゃんはシャボン玉の中にしゃがみ込んでいました。シャボン玉の表面で光が複雑に屈折して、知恵ちゃんから見た亜理紗ちゃんはくにゃくにゃにゆがんでいます。亜理紗ちゃんから見た知恵ちゃんも、やや頭が大きく、体は小さく視認されます。


 「あっ。中から見たら、ちーちゃん変な顔」

 「アリサちゃんもだけど……」

 「そうなの?」


 お互いにどう見えているのか気になって、今度は知恵ちゃんがシャボン玉の中に入ります。今度は外から知恵ちゃんを見て、亜理紗ちゃんは不思議そうに右から左から観察していました。すると、中に入った知恵ちゃんは少し気恥ずかしそうです。


 「面白いから、今度はお花を入れてみるよ」


 知恵ちゃんが逃げるようにしてシャボン玉から出ると、亜理紗ちゃんは割れないシャボン玉を花壇のお花に被せました。次第にお花たちは泡の中に入りこみ、まるでガラス玉に閉じ込めたように輝き始めました。

 

 「ちーちゃん。これ、芸術的じゃない?」

 「芸術かもしれない」

 「別のものも入れてみる」


 シャボン玉の中のお花が高評価を得たので、亜理紗ちゃんは他にも入れてみようと考えます。とりあえず、手身近にあったバケツをシャボン玉に閉じ込めてみました。


 「……これは?」

 「よく解らない芸術っぽい」


 芸術は奥が深いので、大きなシャボン玉の中にあるバケツは何か、メッセージが込められているようでもありますが、その一方で特に意味はなさそうにも見えます。そういった前衛芸術について知恵ちゃんは詳しくないので、そこは解らないと正直な答えを出しました。


 「そうだ。イスを入れよう」

 「イス?」


 亜理紗ちゃんの家の庭にはテーブルとイスがあります。そのイスより大きくなるまで、シャボン玉を頑張って大きくします。イスをシャボン玉で覆い包むと、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんに中へ入るようにうながしました。


 「すわっていいよ」

 「うん」


 このシャボン玉の大きさなら、2人で一緒に中に入れます。大きなイスを半分ずつ分け合って、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんはシャボン玉の中に座り込みました。そこから見た世界は淡く虹色に輝いて、太陽の光は割って散りばめられたようです。家も花も、いつもとは違う形をしており、真っ直ぐな部分が1つもありません。

 

 「シャボン玉の世界だ」

 「目が回ってきた……」


 自分たちの体以外は、全てがくにゃくにゃになって見えます。知恵ちゃんは目をみはっているのですが、亜理紗ちゃんは疲れたように目をパチパチさせていました。家の前の道路を車が走っていくと、そのエンジン音でシャボン玉も振動します。シャボン玉が割れてしまうのではないかと、2人は内側から手を当てて押さえています。


 「……大丈夫かな?」

 「……大丈夫そう」


 振動が収まったのを見て知恵ちゃんが手を離し、亜理紗ちゃんもシャボン玉から手を引きます。亜理紗ちゃんは他にシャボン玉で遊ぶ方法はないかと考えています。その後、足をイスからぶらぶらさせながら亜理紗ちゃんは知恵ちゃんに尋ねます。


 「そろそろ出る?」

 「私、このまま夕方の空を見たい」

 「それがあったか」


 知恵ちゃんが出ようと言うまで、亜理紗ちゃんも隣にいることにしました。太陽が雲に隠れると、世界の色は色濃くガラリと変わります。シャボン玉に息を吹いてみれば、景色は水に溶かしたように波を立てます。変わりゆく空の色と風景の中で、飽きもせずに2人は庭をながめていました。


 「もうちょっとで、空が赤くなるかな?」

 

 そう言いながら亜理紗ちゃんは、かたむいた太陽をシャボン玉越しに探しました。その時、家の窓を開いて、亜理紗ちゃんのお母さんが2人に声をかけました。


 「知恵ちゃん。そろそろ帰って来てって、お母さんからメールが来たよ」

 

 お母さんの大きな声を受けて、今まで割れないでいたシャボン玉が、パッとはじけて消えてしまいました。泡の破片も、切れ端も残らず、全て空気の中に散ってしまいました。もうシャボン玉は小さくすら、どこにも見つかりません。


 「……ちーちゃん。割れちゃった」

 「うん」


 空は赤みを帯びています。夕方までは、もうあと少しです。そちらを見つめ、ちょっと残念そうにしながらも、2人はイスを元に戻して家へと帰っていきました。


その90へ続く

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