その89の2『泡の話』
「ちーちゃんも、シャボン玉にさわる?」
「いい……」
割れないシャボン玉は亜理紗ちゃんの指に潰されても、すぐに元の丸い形へと戻ります。透明な泡の中には何も入っておらず、鏡面が知恵ちゃんと亜理紗ちゃんの顔を逆さに映すばかりです。手触りは少し粘りけがあって、亜理紗ちゃんは再びシャボン玉をお花にくっつけて戻しました。
「なんで割れないんだろう……ちーちゃん。シャボン玉のストロー貸して」
「なんで?」
「それが特別なストローなのかもしれない」
知恵ちゃんのストローで吹けば割れないシャボン玉ができるのではないかと考え、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんからストローを貸してもらいます。しかし、大きなシャボン玉を作っても、小さなシャボン玉をたくさん吹いてみても、やっぱりすぐに割れてしまいます。
「……ちーちゃん。シャボン玉の液も貸して」
「もう、全部あげる……」
ストローが特別なわけではないと知り、知恵ちゃんのシャボン玉の液も貸してもらいます。ただ、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんの口をつけたストローには恥ずかしくて口をつけられないので、シャボン玉のセットを一式、全て渡してしまいます。
「ダメだ……割れる」
「じゃあ……これ、シャボン玉じゃないんじゃないの?」
てっきり亜理紗ちゃんは割れない泡をシャボン玉だと思っていたのですが、その泡の正体はシャボン玉ではないのではないかと知恵ちゃんは提言します。もう一度、亜理紗ちゃんはお花についているシャボン玉を見てから、手にしていたシャボン玉の液とストローを知恵ちゃんに返しました。
「新しいシャボン玉とストロー持ってくるから、ちょっと待ってて」
知恵ちゃんのシャボン玉セットに口をつけてしまったので、別のものを持ってくると言って亜理紗ちゃんは家に入っていきました。知恵ちゃんの手には亜理紗ちゃんの使ったストローと、シャボン玉の液を入れた容器があります。
「……」
もじもじしながら、知恵ちゃんはストローの口を見つめています。ややためらった後、知恵ちゃんはシャボン玉の液をつけずに、ストローを口元に持って行きます。
「……ちーちゃん。はい。これ」
「……ッ!」
後ろの窓を開いて、亜理紗ちゃんが顔を出しました。ビックリしてストローを落としそうになりつつ、知恵ちゃんはほほを赤らめて振り向きます。
「あ……アリサちゃん」
「これ、新しいストローとシャボン玉の液」
「ありがとう……」
シャボン玉セットを手渡して、亜理紗ちゃんは窓を閉めました。その後、玄関でクツをはき直して、知恵ちゃんのいる庭へと戻ってきます。
「まだある?割れないシャボン玉」
「うん」
「……ちーちゃん。どうしたの?顔が真っ赤」
「ちょっと熱いだけ……」
知恵ちゃんは新しくもらったストローとシャボン玉の液を手にしていて、亜理紗ちゃんは引き続き自分の物を使います。ストローの先を液につけながら、亜理紗ちゃんは割れないシャボン玉を見つめています。そして、ストローをくわえつつ、その先を割れないシャボン玉にくっつけました。
「なにするの?」
「これをふくらませてみる」
割れないシャボン玉に息を吹き込みます。ちょっと弾力があって硬いので、なかなか泡は大きくならないのですが、がんばって空気を送っていきます。すると、徐々にシャボン玉は形を変え始めました。
「おっきくなった……」
「ふー……」
亜理紗ちゃんが顔を赤くして息継ぎをした頃には、泡はバレーボールほどの大きさになっていました。交代で、今度は知恵ちゃんが空気を中に入れます。しかし、こちらは全然といっていいほどふくらみません。
「ちーちゃんの息は、かわいい」
「……」
やっぱりふくらませるのは亜理紗ちゃんでないといけないと解り、大きく息を吸い込んだ亜理紗ちゃんはシャボン玉をどんどんふくらませていきます。ついにはシャボン玉は亜理紗ちゃんの体と同じくらいの大きさになりました。
「……ちーちゃん!これ、入ってみたら?」
「え……なんで?」
「飛ぶかもしれない」
こんなに大きな泡なので、中に入れば浮くかもしれません。ただ、知恵ちゃんは空を飛びたくはなかったので、言い出した亜理紗ちゃんがシャボン玉に手を押しつけてみます。
「……」
手が入り、体が入り、最後に足がシャボン玉に入り、亜理紗ちゃんの体は割れないシャボン玉に収まりました。期待を込めて、2人はシャボン玉を見つめます。
「ちーちゃん……全然、浮かない」
「……うん」
その89の3へ続く






