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その88の2『迷い人の話』

 「ちーちゃん。ずっとついてくるよ」

 「犬の迷子も、交番に連れて行った方がいいのかな……」


 見慣れない黒い鳥がジッと俺を見ており、1人になると襲って来るかも解らない。戦いをさけるためにも、俺は前を歩いている2人の仲間であるかのようにふるまっているのだ。しかし、見れば見るほど不思議な世界だ。ピカピカした足のない生き物がブオンと音を鳴らして走っていくし、どの建物も高さがあって山や森が見えないぞ。


 「帰ってからどうする?」

 「特にないけど、アリサちゃんは?」


 大きな建物の前まで来て2人が立ち止まる。ここが2人の家と考えられる。それぞれ別の家に入っていくようだが、こんな大きな家を1人1つずつ使っているのだろうか。なかなか贅沢である。なお、俺の家は持ち帰った財宝が多すぎて、最近では寝る場所がなくなってしまった。探検家の業というものである。決して、片付けるのが面倒なわけではない。


 「私、トラがなんの生き物なのか、お母さんに聞いてみる。ちーちゃんは?」

 「じゃあ、私は動物図鑑を持ってくる」


 なんの相談をしているのか。2人は俺の方を指さしながら話をして、家らしき建物へと入っていった。もしや、俺を捕まえて食べる算段を立てていた訳じゃあないだろうな?以前、黄金のちょうちょうに導かれてお花畑に入った際、深い穴に陥れられた経験がある。出るのに2日もかかってしまったが、3日いたら黄金のちょうちょうに食べられていたかもしれない。今回も安心はできないぞ。


 「……!」


 2人の家の向かいに、ちょうどいいしげみがあるのを発見した。ここに身を隠そう。木の幹の近く、影になっている部分へと身を寄せる。その後、建物の中から先程の人と、もっと背の高い人が一緒に出てきた。


 「アリサ。なにがいるって?」

 「このへんにトラみたいな子がいたんだけど……」

 「たぬきじゃないの?」

 「たぬき!?こんなところにいるの?」

 「山から下りてきたかもしれないし」


 俺を探しているようだが、背の高い人は俺を見つけられない様子だ。見つかると何をされるかも解らない。このまま隠れていよう。


 「変な生き物がいても、触っちゃダメだよ」

 「お母さん。見つけたらプチトマトあげていい?」

 「それはいいけど……食べるの?」


 俺の見事な隠れ身に惑わされ、背の高い人は家に戻っていった。小さい方の人は引き続き俺を探しているようだ。ふふふ。誰にも見つからずに王国の城へ潜入し、黙って客室を借りたほどの俺をはたして見つけられるかな?


 「アリサちゃん。さっきのトラさんは?」

 「いなくなった……」


 手に平たいものを持って、黒い髪の人も家の中から戻ってきた。2人がかりで俺を探しているが、どうやら俺の姿を見つけられずにいるらしい。まあ、ここまで一緒に歩いてきたよしみだ。危険はなさそうだから姿を見せてあげようと思う。

 

 「にゅんにゅん……」

 「あ……いた。ちーちゃん。いたよ」

 

 2人は、やや距離をとって俺の姿を観察している。その内、1人が家の横に生えている草から何かを取ってきて、水で洗ったあと俺の前に置いた。


 「プチトマトあげる」

 

 目の前に置かれたものは果実のようだ。くさった食べ物を一瞬で見分ける達人の俺ですら、どのような果物なのか判別がつかない。オレンジがかった色合いからするに、毒のあるものには見えなそうだが……そうして悩んでいると、持ってきた人が自分でも1つ口に入れた。


 「ちーちゃんもプチトマト、食べる?」

 「私はいい……」


 あの人が食べて問題ないのであれば、きっと体に害はないだろう。俺も目の前に置かれた果物を口に入れる。


 「にゅん……」


 すっぱい……口がすぼむほどのすっぱさだ。歯でかんだら、中からズルズルしたものが出てきた。そして、このシャリシャリとした皮が、歯にくっついてはがれない。とにかく、すっぱい食べ物だ。こんなにすっぱい果物を食べたのは、無人島で見つけたアマアマの実を食べて以来だ。なんてすっぱさだ……。


 「トラさん、もっと食べるかな?」

 「小さいから、1個じゃ足りなんじゃないの?」


 木の実を差し出した人物は俺が果物を食べたのを見て、また同じ果物を俺の前に置いた。いやがらせではないようだが、すっぱさで俺の足が震えてしまってすらいる。しかし、これだけすっぱいと体にはいいような気すらしてくる。


 「……」


 だが、俺は人の好意を無下にしない男。覚悟を決めて、果物を口に入れた。


 「にゅ……にゅん……」

 

 ……すっぱい。なんなんだ、この果実は。


 「ちーちゃん。それ動物図鑑?」

 「うん」


 黒い髪の人が平たいものを開く。それと俺を見比べている。何をしているのだろうか。


 「ほら、トラじゃないよ。黒いし」

 「お母さんは、たぬきだって言ってた」


 あれで攻撃してくる訳ではないらしいが、中はどうなっているのか。世界の全てを知りたいほど好奇心旺盛な俺は、平たいものの中身を横からのぞきこんでみた。すると、そこには俺に似た動物が、たくさん平べったくされて入れられていた!


 「これ、たぬきのページ」

 「たぬき……違うかもしれない。あっ……逃げた!」


 やつら、すっぱい食べ物で弱らせて、あの平たいものに生き物をはさんで閉じ込める魔女だったのだ!そうはいかないぞ!敵の思惑を敏感に知り得た俺は、すたこらさっさと逃げ出した。



その88の3へ続く

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